「まずは世界王のいらっしゃるアレスヴェルト城に向かっていただきます。城下町は世界国の首都、アレスヴェルトですね。ここから歩いて丁度一日ぐらいでしょうか。」
何せ森を抜けますから、そういいながらラルゴは壁の地図を叩いた。
初めて見る世界、譲二は胸が躍った。
一生の中、世界地図なんて普通は一種類しか見ない。
上下の逆転だとか、南半球だとか、そんなものじゃないのだ。
見たこともない世界が広がっている。
「道中はもちろんモンスターもでますからね。まあ僕のフルールより弱いですが、複数で行動しているものも居ますのでくれぐれも気を抜かないように。」
ラルゴは世界地図とは別に、周辺のパンフレットのような小冊子をとりだす。
アレスヴェルドやピチカートの丘、その他いくつかの場所と更に詳細な道が記されている。
紅いペンで行くべき道が地図に引かれた。
少し不快だったが、それがないと困るのも確かだ。
いや、冒険のはじめは行くべき場所が決まっているものだ。
それすら無視したいと言うのは我が儘だし、何より逆に「気にしすぎていて」腹ただしい。
「入城も、フルールを付けますから怪しまれることはないでしょう。うちは代々ここを守ってますから、使い魔であるフルールだって顔も効くんです。」
「ギィ!」
「随分可愛くなったじゃないか…」
あの化け物フルールはいまやリスのような小動物の格好を取っている。
三角の耳に首の周りには襟巻きを彷彿とさせる形で花びらが開き、前足は二本。
下半身は蕾のように葉に包まれその先からは根っこだ。
全長15cm前後。
なんとなくさっき勝利に震えた自分が恥ずかしく思えて視線をそらす。
台所で植物を刻むピルエットの背中が見えた。
夕飯を作っているのだ。
今日はここに泊まり、明日の朝出発する。
現実味がいまだに欠けている所為で不安はあまり感じない。
今は冒険への期待と誇らしさ、あと今は珍しい妖精の夕飯への期待も。
花の蜜の香りか、ピルエットの隣の鍋から甘いにおいがして、思わずうっとりとする。
「……」
「GIIIIIIIIIIIII!!!!」
殺気。
ラルゴの視線が氷のように突き刺さりまわりの気温すらも下げた。
フルールは主に呼応するように花びらを立てて威嚇。
「お、おい待って、違うんです。」
あまりの空気にあわてて誤解を解こうと両手を挙げる譲二。
くすくすとピルエットが笑うのが聞こえる。
こちらも可笑しくなって少し笑う。
ラルゴの態度は疑うような色を残しているものの、家の中はなんだか暖かくて、久々に感じた空気だった。
一人暮らしの家を思い浮かべる。
静かな白く冷たい壁よりも、自分が求めていたのは恥ずかしくなるくらいファンシーなこの家なのか。
そこの違いを見つめることが、譲二にとって大きな意味をもっているのだろう。
現実を投げ出してしまいたい、そう、譲二は少し、思った。
甘ったるい。
ラルゴもピルエットも何もいわないのだから、これが普通らしい。
が、とにかく甘い。
幼稚園のころに、なんといったか、よく蜜を吸った紅い花を思い出す。
ツツジとか、あの紅いのとか、そういう蜜を集めて煮詰めたらしい。
もちろん不味くはないのだがどう考えてもデザートである。
花の茎や葉でなく、林檎などを一緒に煮たい感じ。
「どうですか、勇者様?お口に合うといいんですけど。」
斜め前に座るピルエットがにっこりと問いかけてきた。
まさしく花の笑顔、答えを言わずとも万人がそう答えただろうに。
「美味しいよ。」
甘くて、辛うじて本音(当たり障りのない)を付け足して、譲二は再びスプーンを動かした。
ああ、カルチャーショックだ。
そのダメージを忘れていた。
海外とかもはやそれどころじゃないレベルのカルチャーショック。
それが待ち受けている。
不安要素がひとつ出来た。
いや、自炊はできる、できるぞ。
大丈夫。
さすがに似た野菜くらいはあるだろうと、自分を励ます。
調理道具も、必要だったかもしれない。
冒険用に沢山物をつめたリュックをみやる。
簡易テントに食料、魔法の巻物に薬草、あの線を引いたマップ……パンパンに膨らんでいる。
これを持って譲二は、明日旅立つのだ。