レイニーのブログ

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現役の間でたまに話題に上がる「1世」と「2世」の温度差、格差。

僕が現役の時によく言われたのは

「2世は恵まれている。この邪悪な世の中を知ることなく、霊的パラダイスで育ったから」
「2世は家族に反対もされず、組織で用いられてうらやましい」


「自分たちは若いころ世の中楽しんだくせに!(`ε´)」と内心思いながら、「そうですよね~、感謝しないといけませんね~」とニコニコしていました。(#^ω^)




そして覚醒してからも耳にするようになった、覚醒した「1世」と「2世」の温度差。



でも、考えてみて思ったこと・・・、


「温度差が生まれるのは、「1世」だから「2世」だからっていうより、離れてから気づけることの多さによるのかな?」


だから時間と覚醒が温度差を埋め合わせてくれるかな・・・?


「元1世」で「子どもや2世に苦しい思いをさせた」と、悔やんでおられる方がいます。「元2世」がどう思っていたかがブログなどで発信されるにつれ、「元1世」の方に理解を示していただいていて、申し訳なく思うほどです。逆に、「1世は自分で選んだから」という考えは酷(こく)すぎます。(ノ_-。) JWの宣教活動は、痛みに訴えかけ、都合の悪いことは考えさせないやり方だから・・・。むちもそうですが、「覚醒すれば」親や1世も2世と同じ被害者です。



一方で、「元2世」で、されたむちも少なく、学生時代に集会に来なくなり、普通に就職した失ったものが少ない子と話していると、「自分は得られたものも多いし、親には感謝している。」とけん制されることもあります。



正直こっちの温度差のほうがきついです。(´д`lll)  家族や、個々の人を否定しているんじゃないんだけどな~


前から書こうと思ってたのですが、エホバネットのソフィアちゃんのスタンスがとても近いです。





早々に離れた2世は、教理面での覚醒をしていないことが多いので、いつ戻るかわからないんですよ~実際そういう話よく聞くし・・・(((゜д゜;))) だから調べてもらいたいので、ちょっと話ふるんですが、すぐけん制されるとどうしようもない。もっと人望あったらよかったんだけど。

暑い日と大雨の日が続きますが、皆さんいかがお過ごしでしょうか?せっかくの夏なんで山か海へドライブにでも行きたいけど一人だと虚しいので(笑)、休日は家で涼む日々です。

ところで、男性だったらクルマが好きな人は多いと思います。好きになるジャンルもいろいろだと思いますが、スピードを出して疾走する車に興味が向くと、F1、ツーリングカー、ルマン、ラリーなどのレース観戦が趣味になってきます。僕も中学生の頃から結構好きでいまもF1くらいは見ています。

ところで、エホバの証人はモータースポーツ見るの禁止って知っていました?

塔02 6/15 29ページ ローマ史からの教訓

今日,国によっては闘犬や闘鶏,闘牛,暴力的なスポーツなどが広く行なわれています。モータースポーツでは,大勢の観戦者たちを興奮に包み込むため,命懸けのレースが繰り広げられます。・・・詩編 11編5節の次の言葉を心に留めておくのは賢明です。「エホバは義なる者をも邪悪な者をも自ら調べ,その魂は暴虐を愛する者を必ず憎む」。



ちなみに誤解のないように、モータスポーツの危険性について説明させてもらいます。確かにモータスポーツは黒い歴史を背負っていると言われています。F1だけ取り上げても、初期~1980年代は事故死する選手は少なくありませんでした。

モタスポの安全性がどのように変わってきたかドキュメンタリーを見たことがあるのですが、映像では観客もコース内で見ているような状態でした。インタビューで元レーサーが当時は第二次世界大戦が終わった後で、「もう銃弾は飛んでこない、爆弾が降ってくることもない。平和を楽しむことができる。」という心境だったと語っていました。相対的に戦争より安全な状態で娯楽を楽しむことができるので、だれも安全性など気にしなかったらしいです。

その後、重大事故がいくつも起こり、時代とともに安全性を求める声が高まり、技術の進歩とともに様々な安全策が取り入れられるようになりました。実際今では、すごい勢いでクラッシュしても、無傷なことがほとんどです。もちろん危険性は有りますが、それは他のスポーツも同じです。ここ数年でも、リュージュやアルペンスキー、自転車レースで事故死というニュースを実際目にしました。(ちなみに「目覚めよ!」によると自転車レースは「魅力的なレース」だそうです。)

それと、血を求めるような観客(死亡事故も期待するような)もいたようですが、安全性が高まるに連れてそんな観客はいなくなっていきましたし、ほとんどのファンはそんなこと思っていません。クラッシュが起きれば選手のことを心配するでしょうし、特に関係者は本気で心配します(当たり前ですが)。映像で見たんですが、あるレースで大きなクラッシュがあった時、選手が無事だとわかるとチームスタッフは涙を流していました。

というわけで、レースを安全で魅力あるものにしようと頑張っている人達がいて、実際その努力で他のスポーツと変わりないほど安全性が高まり、そもそも選手の負傷なんて誰も望んでいないモータースポーツなわけですが、ものみの塔が短絡的に「血を求める邪悪なスポーツ」と言っているのはおかしいとおもいませんか?結局絶対的な基準なんて見つけられない世の中で、「人間が」善悪を決めるとおかしくなっちゃうってことだと思います。

ちなみに、この記事を知っているエホバの証人の兄弟は多くないと思います。周りにはモタスポ好きな人が多かったからです。長老も含めて。言ったらかわいそうなのと、自分も見たかったので言いませんでしたけどね!ということで現役の皆さんモタスポ見たらダメですよ!