今夜は彼のお泊まりはなく、3時間程度うちで飲んで帰ったので
私はのんびり、ブログ書いて寝ます。
たまには・・・真面目な話をば・・
先の日記で口コミの事を書いたのですが、欲しいものがある時に他人の評価は
ある程度の判断材料になるのは確か・・
ただ・・いいか悪いかは最終的には自分で判断するもの
口コミがよくても、自分に合わなければ・・それは結局、その後は選ばない
ただ・・化粧品やら日用品やらの物であったり食べ物であるならそれはそれでありなのですが
これが人間の評価となるとどうでしょうか?
会社であったり、学校であったり、はたまたもっと大きな社会であったり国であったり・・
人の評価には必ず、どこかに方向性がある
「この人はこうよ」という口コミは
その言葉を発した人間の感情のベクトルが必ずかかっているもの
だから、人に関しての他人の評価はアテにならない
「ウィキッド」というミュージカルをご存じでしょうか?
昨年秋に大阪四季劇場で私は観劇したのですが・・
そのミニバージョンがUSJで観ることができます。
かの有名な「オズの魔法使い」をモチーフに作られた作品ですが
悪い西の魔女がいかにして作られたのかを物語っております
悪い魔女は最初から悪であったのか?
現代に生きる聡明な皆さまはもう・・そんなことはない
最初から悪なんて人間はどこにもいない・・ってことは十分ご存じのはず
でも
悪い魔女は存在させられたのです
そこには人の憎悪や都合のベクトルがあったから
歴史を遡ってみれば
魔女狩りなどというものも・・当時の権力者の都合で作られた話
シェイクスピアの「ヴェニスの商人」のユダヤ人は?
シャイロックは悪でそれを裁いたポーシャは善だったのか?
でも中世のヨーロッパではユダヤ人は悪でキリスト教徒は善でなければならなかった
それは必要な悪だったから
では、どうやって人は悪を作り出すのか?
「ウィキッド」や「ヴェニスの商人」を見ればわかること
過酷な状況に相手を陥れること
そして
「あいつは悪だ」と唾を吐く
誰かがそう言えば、悪のできあがり
人間の憎悪はどんどんと増殖していく
そうして善人と言われる人々は皆がそう言っているから間違いはないと思いこみ
ほっとする
どこの世界のどの時代にも作られた悪は必ず存在し
悪に仕立て上げられたたいていの人は
何の罪もない人であったりする
罪があるとするならば
それはある人々にとって、いてほしくない存在であったというだけのこと
それはある時は「よそ者」という言い方をし、ある時は「異端者」という言い方をする
さて
誰かが誰かの噂話をする時
その話の根拠と発端がどこにあるのか?
を確認するなんてことをするより
そんなものは信じるな
とにかく笑って忘れる
そうすれば
発せられた情報の矢は行き場を失って地面に転がるものなのですわ
さあ・・
もう夜も更けましたので
お休みなさいませ