私は3人兄妹の3人目。末っ子。

父と母の会話を20代の時聞いた事がある。





母『3人目は産むつもりなかったのよねー。』





それを、何気なく聞いたとき、

感情が湧くとかより、

『へーそうだったんだ』と感じただけだった。





そこで、私の中では終わってた。

すっかり忘れてたけど、

今日、私の中から聞こえた声で、





この時聞いた話と

繋がった。






以下、わたしの気づきの流れ。




何をしても、終わらない感じ。

今ここを生きていない感じ。

心の底から満たされない。

大きな欠乏感。

 

 


何か足りなくて、埋めては、埋めて。

私の頑張り方は、

ここにいるよ!と存在証明するかのようだ。





『仕方ない。産んでやるか』

これは、母の声。





お腹にいた時の私の声。

『お母さん、産んでくれるの⁈ありがとう』

 



え⁈

わたし、本当にそう思ってる?

本当は?





『産みたくなかったら産まなくていいよ!』

『寂しいな。望まれて、幸せの中で生まれたかった』

『寂しいな。』









出てきた。

私の寂しい思い。





『お母さんが、』

『お母さんが、』

未だに私の口から出てくる言葉。。。






小さい頃から、

今までの頑張り方は、

私はここにいる。と

存在証明しているかのようだ。




このまま、ただここにいては、

認めてもらえないから。




・ただここにいては、認めてもらえない。



・このままの自分でいいわけない。

今の私、100点なわけない。



この思いが、

心の底の底の底の底に

小さく小さく

残ってた。



無意識にだ。





・『あなたを産んでよかった。』

と、お母さんに言ってもらいたい。





この言葉が出てきた時、

涙がとまらなくなった。






わたしの

今の状態を

やっと、私が認めてあげられた瞬間だった。






今まで。

わたしの、存在を証明するかのように、

頑張り、目立ち頑張ってきた。

よくがんばってきたね。

そういうつもりで、、

いっぱいいっぱい

頑張ってきたんだね。





お母さんに『あなたを産んでよかったわ』

と思ってもらいたくて。。

生きていた。





やっと。

過去の私を。

過去のがんばってきた私を。

認めてあげられた。




そして、

今の私も認めてあげられた。。





ふぅ。。。。。。。






無意識に

この欠乏感感は、

母に対してだけでなく、





私は、誰かの役に立つ事で

存在を証明してきた。





私は、頑張り秀でる事で、

目立つ事で、

存在を証明してきた。





すべてが、

つじつまがつく。。。




私のお付き合いする男性は、

ことごとく頼りなくなっていたのも、

わたしが、

あなたの役に立って、

存在を証明しなくてはならないから、



わたしが、

生きていくためには、

このままではダメで、



あなたの役に立たないと

生きていけないから、

存在証明できないから、

全てのお付き合いした男性を頼りなくしてきた。




わかる。

すごくわかる。







バラバラのピースが、

カチッとはまったかのように、





今、私は、、

ほっ

としている。。。





続く。