U先生の流儀では、埋没する古の神々を再び地上へ蘇らせる…いわば封印を解くことを〈カミアケ〉というらしい…。
これは、その地に眠る神々と特に結縁する者のみが成せる業だとか…。
封印が地に在るのか?人の内に潜むのか?
私が対峙した、あの白き龍は復活を遂げた古の神なのか…?
真相はわからない…。が、実感を強いて言うならならば、あの日、私は一つカミをアケた…。
私の目には、あの白き龍が、阿にして吽…陽にして陰…法の始まりであり、終わりを示す神に映った。
その理由は述べない…。が、それは、佛法に曰く“自性の理を通す実相門を開き、三業の非を遮る悪趣門を閉じる”という…。
もしかしたら、私たちは選択の岐路に立たされているのかも知れない。
歩む道を踏み違えれば、おそらく、この龍は断罪の巨神となって、行手を阻む門となるだろう。
南昌山に神坐る龍は、クニトコタチの霊威が、いずれ東へ降る兆しを暗に示した…と判ずるならば、その咆哮は東の京に地の龍を、富士の火口に火の龍を目覚めさせるかも知れない…。
この国の霊性を支える一柱、我がカムナビに神坐る麗し神の本地は九頭龍…。それが星の龍に共鳴するならば、大いなる水の龍がこの地に目覚めるかも知れない…。
私が垣間見た、あの黒き巨大な龍影…風の龍がフィリピンへ到来したように…。
何とか捻り出すように紡いだお伽話も、ここらで、ようやく終わりを迎える…。
お付き合い頂いた読者各位には、この場を借りて御礼申し上げたい。
私のブログもまた、一先ず筆ならぬキーを置く。
私に特定の信仰はない。まして終末思想など皆無だ。
それゆえに〈ley line〉~〈鬼門の龍〉を記すことには抵抗があった。が、いつか機会があれば書こうと思っていたことを、早々に吐き出すはめになったのも、何かの見えざる働きによるのかも知れない。
とはいえ、これはあくまで物語だ。それ以上でも以下でもない。
らいの鳥が何を来鳴き響もすとも、起こるべきことは起こるべくして起こる。そしてまた、その逆も然り…。
私はもう自己の為すべき行に専念したい。
あなたにとっての、この荒唐無稽なお伽話の続きを見定めなければならないのだ。
時世は次のフェイズを呈している。
突如、私の中に目覚めたものは、あなたの中にもまた眠っているかも知れない。
もう立ち止まっている暇はないのだ…。