玉川温泉(たまがわおんせん)は、秋田県仙北市(旧国出羽国、明治以降は羽後国)にある温泉。
酸性-含二酸化炭素・鉄(II)・アルミニウム-塩化物泉
「大噴」(おおぶけ)と呼ばれる湧出口から、塩酸を主成分とする
pH1.05(日本で一番pHの数値が低い)の強酸性泉が毎分9,000リットル湧出する。
単一の湧出口からの湧出量としては日本一を誇る。
大噴の下流側には湯の花を採取する樋が設置されている。
効能
高血圧症、動脈硬化症、婦人病、神経痛、皮膚病、喘息など。
※(注意)効能は万人に対してその効果を保障するものではない。
「悪性腫瘍(癌)に効く温泉」として紹介されることがあり有名になっているが、
当温泉も基本的には一般の温泉と同様に癌は禁忌症となっている。
なお、玉川温泉は放射能を有しラジウム温泉の一種であり、
その被曝量は岩盤浴で15-20ミリシーベルト/年と言われている。
ラジウム温泉には放射線ホルミシス効果があるのではないかとも言われている。

玉川温泉の岩盤浴場

岩盤浴場併設の無料露天風呂
秋田・岩手の県境にまたがる八幡平(火山)の秋田側に位置し、山中の一軒宿だったが、
多様な泉質と豊富な湯量と効能から、本格的湯治場として人気が高く、
長期で滞在する湯治客も多い。きわめて宿泊の予約が入れにくいため、
1998年に同経営の「新玉川温泉」が玉川温泉から徒歩10分程の所に、
さらに2004年には別経営の宿「ぶなの森玉川温泉 湯治館そよ風」が新玉川温泉の近くに
開業している。湯治向きの玉川温泉に対して、新玉川温泉は観光客向けに作られている。
玉川温泉と新玉川温泉とでは、新玉川の湯の方が刺激も少なく入りやすい。
これは、源泉から長距離引湯している影響である。
温泉地には地熱の高い地獄地帯が存在し、当地と台湾の北投温泉にだけ存在する北投石
(ほくとうせき)はしばしばマスコミにも報道される。
多くの人がゴザを引いて岩盤浴を行う光景が見られる。
岩盤浴場には無料の露天風呂(お湯抜きがされている場合あり)もある。

歴史
地元のマタギにより1680年(延宝8年)に発見された。発見時に鹿が傷を癒していたことから、
古くは「鹿の湯」、「鹿湯」と呼ばれた。
1885年に、鹿湯という名称で湯治場として開かれるまでは、
当地にあった硫黄採掘所の工夫とマタギが温泉を利用していた。
温泉地としての本格的に開かれることになったのは、
五代目・関直右衛門が開発に乗り出してからである。
1929年に当地で湯治を行い、その効能の高さを知った関は、
1932年に近隣の湯瀬温泉に湯瀬ホテルを建設すると共に玉川温泉の権利を取得した。
1934年、それまでの鹿湯という名称から玉川温泉に改められた。
命名は朝日新聞記者・杉村楚人冠による。
戦前は、馬が主要な交通手段で、交通の便が非常に悪かった。
第二次世界大戦後の1950年、国道およびバス路線が開通。その後開発が進むようになった。

玉川温泉が癌との関係を特に注目されるようになったのは、
鹿角市にて鹿角タイムズ社を経営していた阿部真平が1974年に出版した
「世界の奇跡玉川温泉」以降である。但し読む際には医学的な根拠がある本ではない事に注意が
必要であり、前述の効能記述にもあるようにあくまでも癌は当温泉地の禁忌症である。
そのため癌での当温泉における湯治はあくまで自己責任で行われる。
それでも一部の人に効果があったとのメディアでの紹介が多く、湯治希望者は絶えない。
なお、癌との関係については微量の放射能などによるホルミシス効果と関係があるとの説がある。
1959年9月3日 - 厚生省告示第256号により、八幡平温泉郷の一部として国民保養温泉地に指定。
玉川毒水
玉川温泉の源泉流
硫黄イオン(SO4)を含んだ強酸性の湯は湯治においては人々の役に立つが、かつては田畑を枯ら
し、魚を殺す「玉川毒水」[5]として恐れられてもいた。1930年代の戦時体制下で発電所の建設と農
業振興(玉川河水統制計画)及び玉川の中和を図るため1940年に酸性水を田沢湖に導入して放流す
る事業が行われたが、その結果田沢湖に生息していた多くの魚類が死滅し、特にクニマスについて
は2010年に西湖で再発見されるまで地球上から絶滅したとされていた。
現在では下流の玉川に流れ込む前に石灰により中和処理を行い、pHの数値を高めて(アルカリ化)
から放流される。1972年から、東北電力の協力により、野積みの石灰石に酸性水を散いて中和させ
る「簡易石灰石中和法」による処理を開始。1989年の中和施設の完成(本運用は1991年)により玉
川の酸性度は更に緩和された。1990年には下流の宝仙台付近に玉川ダムが完成、中和後の沈殿と攪
拌も行うようになった事により、有史以来秋田平野の最大の難題であった玉川毒水は、現在基準地
点(玉川頭首工)付近でpH6.8にまで回復した。しかし田沢湖の水質は目標に未だ届かず、回復の努力が続けられている。
(資料⇒ ウィキペディア より抜粋)
。
♥。・゚♡゚・。♥。・゚♡゚・。♥。おうちで岩盤浴。♥。・゚♡゚・。♥。・゚♡゚・。♥。
酸性-含二酸化炭素・鉄(II)・アルミニウム-塩化物泉
「大噴」(おおぶけ)と呼ばれる湧出口から、塩酸を主成分とする
pH1.05(日本で一番pHの数値が低い)の強酸性泉が毎分9,000リットル湧出する。
単一の湧出口からの湧出量としては日本一を誇る。
大噴の下流側には湯の花を採取する樋が設置されている。
効能
高血圧症、動脈硬化症、婦人病、神経痛、皮膚病、喘息など。
※(注意)効能は万人に対してその効果を保障するものではない。
「悪性腫瘍(癌)に効く温泉」として紹介されることがあり有名になっているが、
当温泉も基本的には一般の温泉と同様に癌は禁忌症となっている。
なお、玉川温泉は放射能を有しラジウム温泉の一種であり、
その被曝量は岩盤浴で15-20ミリシーベルト/年と言われている。
ラジウム温泉には放射線ホルミシス効果があるのではないかとも言われている。

玉川温泉の岩盤浴場

岩盤浴場併設の無料露天風呂
秋田・岩手の県境にまたがる八幡平(火山)の秋田側に位置し、山中の一軒宿だったが、
多様な泉質と豊富な湯量と効能から、本格的湯治場として人気が高く、
長期で滞在する湯治客も多い。きわめて宿泊の予約が入れにくいため、
1998年に同経営の「新玉川温泉」が玉川温泉から徒歩10分程の所に、
さらに2004年には別経営の宿「ぶなの森玉川温泉 湯治館そよ風」が新玉川温泉の近くに
開業している。湯治向きの玉川温泉に対して、新玉川温泉は観光客向けに作られている。
玉川温泉と新玉川温泉とでは、新玉川の湯の方が刺激も少なく入りやすい。
これは、源泉から長距離引湯している影響である。
温泉地には地熱の高い地獄地帯が存在し、当地と台湾の北投温泉にだけ存在する北投石
(ほくとうせき)はしばしばマスコミにも報道される。
多くの人がゴザを引いて岩盤浴を行う光景が見られる。
岩盤浴場には無料の露天風呂(お湯抜きがされている場合あり)もある。

歴史
地元のマタギにより1680年(延宝8年)に発見された。発見時に鹿が傷を癒していたことから、
古くは「鹿の湯」、「鹿湯」と呼ばれた。
1885年に、鹿湯という名称で湯治場として開かれるまでは、
当地にあった硫黄採掘所の工夫とマタギが温泉を利用していた。
温泉地としての本格的に開かれることになったのは、
五代目・関直右衛門が開発に乗り出してからである。
1929年に当地で湯治を行い、その効能の高さを知った関は、
1932年に近隣の湯瀬温泉に湯瀬ホテルを建設すると共に玉川温泉の権利を取得した。
1934年、それまでの鹿湯という名称から玉川温泉に改められた。
命名は朝日新聞記者・杉村楚人冠による。
戦前は、馬が主要な交通手段で、交通の便が非常に悪かった。
第二次世界大戦後の1950年、国道およびバス路線が開通。その後開発が進むようになった。

玉川温泉が癌との関係を特に注目されるようになったのは、
鹿角市にて鹿角タイムズ社を経営していた阿部真平が1974年に出版した
「世界の奇跡玉川温泉」以降である。但し読む際には医学的な根拠がある本ではない事に注意が
必要であり、前述の効能記述にもあるようにあくまでも癌は当温泉地の禁忌症である。
そのため癌での当温泉における湯治はあくまで自己責任で行われる。
それでも一部の人に効果があったとのメディアでの紹介が多く、湯治希望者は絶えない。
なお、癌との関係については微量の放射能などによるホルミシス効果と関係があるとの説がある。
1959年9月3日 - 厚生省告示第256号により、八幡平温泉郷の一部として国民保養温泉地に指定。
玉川毒水
玉川温泉の源泉流
硫黄イオン(SO4)を含んだ強酸性の湯は湯治においては人々の役に立つが、かつては田畑を枯ら
し、魚を殺す「玉川毒水」[5]として恐れられてもいた。1930年代の戦時体制下で発電所の建設と農
業振興(玉川河水統制計画)及び玉川の中和を図るため1940年に酸性水を田沢湖に導入して放流す
る事業が行われたが、その結果田沢湖に生息していた多くの魚類が死滅し、特にクニマスについて
は2010年に西湖で再発見されるまで地球上から絶滅したとされていた。
現在では下流の玉川に流れ込む前に石灰により中和処理を行い、pHの数値を高めて(アルカリ化)
から放流される。1972年から、東北電力の協力により、野積みの石灰石に酸性水を散いて中和させ
る「簡易石灰石中和法」による処理を開始。1989年の中和施設の完成(本運用は1991年)により玉
川の酸性度は更に緩和された。1990年には下流の宝仙台付近に玉川ダムが完成、中和後の沈殿と攪
拌も行うようになった事により、有史以来秋田平野の最大の難題であった玉川毒水は、現在基準地
点(玉川頭首工)付近でpH6.8にまで回復した。しかし田沢湖の水質は目標に未だ届かず、回復の努力が続けられている。
(資料⇒ ウィキペディア より抜粋)
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