諸事情によりブログを暫くお休みする事にしました。
…といっても 更新もあまり出来ていませんでしたね(^^;)
暫くは皆さまのブログへ訪問する事もままならなくなりそうです(__;
いつも拙いこちらのブログへ
訪問 ペタ コメント プチメ ゲストブックへの書き込みなど
ありがとうございました(__)
ちょっとひと息。
1時間30分ほど前の昨日、
はばかり(御手洗い)へ行くと…きゃっ
通称 便〇虫が( ̄ ̄;

こわっ(・・;)
子供の頃は虫関係…ぜんぜん平気だったんですけどね、なんだか大人になったら虫が苦手になった(|||_|||;)
(便〇虫は子供の頃から苦手でしたけど…。)
取り敢えず紙を取ってきて、その紙で掬って外へと放った。
何かいい事した気分♪(小っちゃ
これで昨日という日もいい1日で終える事ができまんたぁ( ̄ ̄;)
うん、いい1日だったぁ!
といっても夜はまだまだこれからが本番
(`∀´;)
どどどどど どんまいっ オレ
さぁさぁっ朝までがんばろう!!!
ご訪問ありがとうございましたぁ!
にっ(^^)v ブイブイ
『RON.さーん』
『はぁーい♪』
(何)
あの…違いますからね~(^^;)
先に云っとこ(笑
なんのこっちゃ( ̄ ̄;
1時間30分ほど前の昨日、
はばかり(御手洗い)へ行くと…きゃっ
通称 便〇虫が( ̄ ̄;

こわっ(・・;)
子供の頃は虫関係…ぜんぜん平気だったんですけどね、なんだか大人になったら虫が苦手になった(|||_|||;)
(便〇虫は子供の頃から苦手でしたけど…。)
取り敢えず紙を取ってきて、その紙で掬って外へと放った。
何かいい事した気分♪(小っちゃ
これで昨日という日もいい1日で終える事ができまんたぁ( ̄ ̄;)
うん、いい1日だったぁ!
といっても夜はまだまだこれからが本番
(`∀´;)
どどどどど どんまいっ オレ
さぁさぁっ朝までがんばろう!!!
ご訪問ありがとうございましたぁ!
にっ(^^)v ブイブイ
『RON.さーん』
『はぁーい♪』
(何)
あの…違いますからね~(^^;)
先に云っとこ(笑
なんのこっちゃ( ̄ ̄;
http://www.youtube.com/watch?v=cfGR2mETL2M
一九四五年夏、ビルマ戦線の日本軍はタイ国へと苦難の撤退を続けていた。そんな逃避行の最中、手製の堅琴に合わせて「はにうの宿」を合唱する一部隊がいた。井上小隊長が兵士の心をいやすため、歌を教えこんだのである。堅琴で判奏するのは水島上等兵であった。小隊は国境近くまで来たところで終戦を知り、武器を棄てて投降した。彼らは南のムドンに護送されることになったが、水島だけは附近の三角山で、抵抗を続ける日本軍に降伏を勧めるため隊を離れて行った。小隊はムドンで労務作業に服していたが、ある時、青いオウムを肩に乗せた水島そっくりの僧とすれ違った。彼らは僧を呼び止めたが、僧は一言を勧めるため隊を離れて行った。小隊はムドンで労務作業に服していたが、ある時、青いオウムを肩に乗せた水島そっくりの僧とすれ違った。彼らは僧を呼び止めたが、僧は一言も返さず歩み去って行った。三角山の戦いの後ムドンへ向かった水島は、道々、無数の日本兵の死体と出会い、愕然としたのである。そして自分だけが帰国することに心を痛め、日本兵の霊を慰めるために僧となってこの地に止まろうと決意し、白骨を葬って巡礼の旅を続けていたのだ。物売りの話から、井上はおおよその事情を推察した。彼はもう一羽のオウムを譲りうけ、「オーイ、ミズシマ、イッショニ、ニッポンニカエロウ」と日本語を覚えこませる。数日後、小隊が森の中で合唱をしていると、大仏の臥像の胎内にいた水島がそれを聞きつけ、思わず夢中で堅琴を弾き始めた。兵士たちは大仏の鉄扉を開けよとするが、水島はそれを拒んでしまう。その夜、三日後に帰国することが決まり、一同は水島も引き連れようと毎日合唱した。井上は日本語を覚えこませたオウムを水島に渡してくれるよう、物売りの老婆に頼んだ。出発の前日、水島がとうとう皆の前に姿をあらわした。収容所の柵越しに、兵士たちは合唱し、一緒に帰ろうと呼びかけるが、水島は黙ってうなだれ、「仰げば尊し」を弾奏した。そして、森の中へ去って行く。翌日、帰国の途につく井上のもとへ、オウムが届いた。オウムは「アア、ヤッパリ、ジブンハ、カエルワケニハ、イカナイ」と叫ぶのだった。