10月10日
早朝4時30分
ばあちゃんが死にました

三年前から入退院を繰り返し老人ほーむで半年前に圧迫骨折してからまた入院

それから徐々に体力も落ちてご飯もあんまり食べなくなり・・

満90歳  
大正  昭和 平成と激動の時代をたくましく生き抜いてきました

学校を卒業後は大阪に出てバスガイドしてた
その頃の写真見たけどすごい美人だった

それから帰郷してじいちゃんと結婚して農業しながら細々と真面目に暮らしてた

小学生の頃は週末はいつも泊まりに行ってた
『にほんむかしばなし』が終わる頃  
耕運機の音が聞こえてじいちゃんばあちゃんが帰ってきた

ばあちゃんのカレーライスはサラサラで薄かった
肉の代わりにすり身の天ぷら(揚げたやつ)が入ってた
ばあちゃん  俺 あれ あんまり好きじゃなかった

家の下に海との境目のきれいな川があってよくそこに洗濯に行ってた

そのあとばあちゃんと一緒に『ミナ』(つぶ貝?)をとって帰って塩で茹でて食べるのがうまかった

夏はじいちゃんが作ったトウモロコシをばあちゃんが味噌で茹でてくれたのが大好きだった
ほんとにうまかった

冬はストーブの上で焼いたかんころもち
熱々で甘くて焦げたとこがちょっとだけ苦くて・・



俺たち家族に何かあったときはじいちゃんと二人で全力で守ってくれた

9月29日 ばあちゃんは危篤状態になりました

僕は朦朧としてるばあちゃんに向かって大きな声で初めて言いました

『ばあちゃん  今まで本当にありがとう』

血も繋がってない僕たちを一生懸命愛してくれてありがとう

あなたの孫になれて本当によかった

最後まで苦労ばっかかけて何一つ孝行できずにごめんなさい

あっちに行ったら大好きだったじいちゃんとまた仲良く美味しい野菜作りながら笑って暮らしてね

また来世も人間だったらじいちゃんとばあちゃんの孫に産まれたいです

火葬に出される前にばあちゃんの冷たくなった頬っぺた撫でてもう一回僕は『ありがとう』って言いました


ばあちゃん  また いつか会おうね

それまで  ばいばい

ありがとうございました

昨日 夜九時 後輩Kから電話


出ると高校時代の先輩の後輩 ん? 変かな 


が帰ってきてて今飲んでて先輩に会いたいと言ってるんで


きてください って・・ 


次の日早番・・ 


俺 「 同級生同士で飲んでるのに俺が行ったらみんな


   気ぃつかうやろ」 


K 「 いや 先輩には気はつかいません」 



行きました 



高校時代 あるスポーツをしててそのときの後輩T 


おとなしめで真面目な後輩だった 


たぶん23年ぶりの再会 


変わってなかった 


いや ちょっと額の上の髪の毛が後退してたな・・ 



高校時代の俺の悪行暴露大会・・・ 





しかし こいつらほんとに俺に全然気いつかわん・・ 



俺が注文した春巻 俺が食う前に全部食ってしまうし 



Tは 欝だって 


みんないろいろあるな 


考えすぎずにゆっくり気楽にいこうな 



また帰ってきたら昔話をツマミに焼酎飲もうな 


ありがとう 




K またケンカして仕事変わったって言ってた


いつまでたってもお前は馬鹿だな 


もうちょい脳ミソやらかくしていけ 


でも 帰ってくるたび誘ってくれてありがとう 



N お前とは小学生時代から仲良かったけど 


社会人なってからはちょっと遠くなってたな 


昨日 飲んで話せて良かったよ 


また近いうちに飲もうな 


今度 ウナギちょうだい 


ありがとう  



馬鹿な後輩たちに付き合って一時半・・ 



今朝の早番 死んでました 



また会おうな