離婚裁判奮闘記 -3ページ目

不審な行動

2002年8月
離婚成立のその時まであと7年3ヵ月

ようやくスタートした離婚調停、目立った進捗もないまま、月に一回のペースで調停が行われました。
その中で一つ具体的になったのは、元妻にも「もう元に戻るつもりはない・・・」ということです。
私にとってはその言葉が出ただけでも、少しはほっとするところがありましたが、じゃぁ、本当に離婚を成立させる為には何が必要か?結局のところ経済的な事、もっと率直な表現をすれば、「お金」ということです。別居後、元妻は調停の中での取り決めとして、婚費分担費として決まって毎月5万のお金を私から銀行振込により受け取っており、従来通り、まだ、購入したての新しいマンションに住み、光熱費も私が支払っている状態。
自分はというと「この年齢(当時44歳)では、働けるところなんてない!」と言い張ってただ、だらだらとした生活を続けている様子。そんな生活を1日でも長く続ける為にはやはりお金が必要ということで、調停の中で私に1,000万円という法外な金額を別れる為の条件として要求してきた。つまり、元に戻るつもりはないが、この要求を聞くにつけて、別れるつもりもないと言わざるを得ない。今までの生活の中で私にこんな高額な金額、(別れる為の条件としての金額。調停の中では解決金と呼ばれてました。)を支払う能力がないのは明白な事実として、認識した上で要求してきているのですから。言い分としては「結婚生活の中で自分の預貯金も生活の為に提供してきた・・・」らしい。こうなれば、私のことはもう拘りはない、ただ、今後また仕事をしながら生活していくのは、しんどいと言ったところだろうか。ここに私が離婚理由にあげた、家事怠業、全般的に怠惰な生活を裏付ける言動がある。

そんなことで堂々巡りの調停の最中に私の弁護士にも、不審な点が現れるようになってきた。
調停後、裁判所を出て、最寄り駅まで歩いていると
「実は私、今日事務所を出るときに不注意で財布を忘れてしまって・・・」
要は、お金の無心。
「電車賃がないので、2千円、いや1千円でもいいので、貸して頂けないかな?」
と・・・・・
特別疑う気持ちのない私は気の毒に思って、2千円を手渡して別れました。
後に起こる事を考えるとなるほどとなるのですが、この時は何の疑いもなく手渡しました。
この後に起こる事、それにより私は自分の調停に集中する事が出来なくなってしまうのです。
逆境、逆境また逆境でも、負けないあせる

離婚裁判奮闘記-ひまわり