意識に裏と表があるような感じがした。

 

前にも経験したけど、自分の記憶が消えて人格が変わっていた時と、記憶が出てくるときは、頭の意識がグイっと、ギュウーと引っ張られるような、感覚もあったし、今回は頭の意識をチューニングするような感覚だった。

 

とにかく、脳の意識が柔らかく広がるように動かせるようになったというほうが正しいのかな。

人格が変わっていた時は、頭にエネルギーの塊のようなものがあって意識が広がらなかった。そして頭がずっと痛かった。

 

不思議。

 

心も感じたし、心と繋がる感覚も経験したし、頭の意識が変わるのも経験したし、なんか人体実験みたいで嫌なんだけど。

 

意識をこんなに意識したことなんて今までなかったな。

 

私たちは意識の存在だと思う。イメージの自分がそこに現れているのだと思う。

最初に生まれたときはほとんどまっさらな意識に何を刻んでいくのかでその人の人格や人生が作られていく。

 

最初に親の価値観が刷り込まれ、次に友達に価値観、学校教育、社会と刻まれていくんでしょう。

 

だれとどこで何をし何を思い自分をどうしていくのか。

 

記憶が消えるって人生が自分の人格がなくなったようで悲しかった。今まで私は頑張っていた分、確かに大切なものも積み重ねていたから。

いいこともたくさんあったしそれが一緒に消えてしまったのがとても悲しかった。

 

少しづつ思い出すけど、どこか臨場感にかけるというか、自分じゃない他人が経験したものをみせられているような感覚に陥ってしかたなかった。過去を思い出すとき、人はその記憶と一緒に味わった感情もまた感じたりするものでしょう。

だけど、それが希薄に感じて悲しかった。

だけど最近は、高校の時だけど、楽しかったころの思い出やこんな感情の自分がいたなと思い出すこと感じることができるようになっている。

 

そうそう、前に思考は伝染するのかもって話書いたけど、他人の価値観は聞いたときは、違うと思ったことは、頭の中で反対しようと思う。

これは自分の意識の防衛のためね。

良いと思ったことは迎合し、違うと自分はそうじゃないと思ったときは、私の考えは違うと心の中で唱えておこうと思った。

自分の意識に言い聞かせるのだ。

あなたはそんな人じゃないよって。逆に良いことを聞いたときは、自分のことのように喜んであげよう。