皆様こんばんは。
今日は「左遷の日」だそうで。
左遷の本来の意味は古代の中国では右が上位で、右から左へ遷されることがまずいこと、とされたことにあるとのこと。
そして今日が「左遷の日」であるのは、901年(延喜元年)のこの日、右大臣・菅原道真(すがわら の みちざね)が醍醐天皇によって九州の大宰府に左遷されたことに由来するそうです。
現代社会においてそれは企業における人事評価における降格処分だとか、閑職はたまた過酷な部署への配置換えを意味している側面があるかと思われます。
「左遷」というと今でも思い出します。それが十数年前、脱サラのきっかけになったことを。
それ以前に僕は当時勤めていた会社ではあまり評価が良くなく、自身もやがて業務についていけなくなり、成果が出せずにいたことが背景にありました。
おそらく会社から見れば僕は「お荷物社員」だっただろうことはずっと感づいており、周りから嫌味を言われることは日常茶飯事でした。そしてそうした背景を鑑みて、35歳ごろからSNSを活用して脱サラの準備は進めていました。というのも周りはどんどん昇進していくのに、僕にはそういう話は一切なく、そればかりかこのままいけばリストラ対象者になってもおかしくない、と言われるようにまでなっていました。
しかしそういうのがさらに自身で士気力を下げる要因となり、前述のように業務についていけなくなる、という展開につながってしまったのだろうと思っています。
ちなみにその二年後に「左遷」されるわけですが、これが脱サラに向けた準備を本格化させることとなりました。
そして38歳の時、ついに僕はその会社を退職、脱サラするに至りました。
実は裏話として、その「左遷人事」は人事部が同意したものではなかったらしく、人事部の側は昇進の話を用意していました。それなのに僕はその話を蹴ってしまい、脱サラを強行したことは、当時の人事部の方々には申し訳なかったと思っています。
今にして思うことですが、組織が大きければこういう事態が起きれば誰かに相談するべきこと、そして感情的になって行動してはならなかったなど、一度どこかで立ち止まってみる必要がありました。
そしてこの時、僕は感情的に行動に移してしまったから、何もかもうまくいかず、当時目指していたイベント事業立ち上げは完全に頓挫し、それをきっかけに交流関係もみるみる崩壊していきました。
「左遷」はされないに越したことはないかもしれませんが、そういう状況に追い込まれたら、感情的にならず、一度立ち止まってみる必要があることだけは自身の失敗談として告げたいです。
また左遷されそうな気配はいずれ感じるもの。いつどうなってもいいように、自身のキャリア棚卸に独学でのスキルアップ、何かしらのつながりがあればこまめな連絡、そして貯金など、万が一の時のことを考えて行動するに越したことはないと思います。