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毒母に育てられて

毒母。アダルトチルドレン。インナーマザー。
どれも自分には関係のないものと思って生きてました。ある時気づいてしまった、ただひたすらに生き辛い愛という名の支配
同じような境遇の方に出会えたらいいなと思ってこのブログを立ち上げました。


先日私の祖父が空へと旅立ちました。


私が祖父と過ごした日々はとても温かく

楽しい時もたくさんあった。

最後、棺桶に入れる手紙を書きながら思いに耽る。

祖父とは対人間として仲が良かった。

おかげで相撲や将棋、花札🎴などを知ってる変わった小学生女子の誕生w


私の音楽好きなところや絶対音感は祖父からの隔世遺伝かと思う。


黙々と働く背中も見て来た。


うちの夫もそうだが

あまり仕事の愚痴を言わず、淡々と黙々と働く人を尊敬する。

私は毎日文句たらたら。発散しないとやってられないから


葬儀では、孤独を感じた。

親戚、家族はお正月などで顔合わせをしているため 久しぶりー! というような親密な仲なのだ。

一方で私はお正月は何年も働いて来た。

親戚と会うのは20年ぶりくらい。


そして従姉妹が子供が産まれたと写真を見せてきた。

とても可愛くて可愛くて幸せで溢れる素敵な写真。


私は

働くことで、

いい子に生きることで

自分の価値を見出し

知らぬ間に家族の機嫌をとり

報われない苦労をして

ここで我慢した分幸せになれると信じてた。


過干渉の毒母、無関心の父親、

祖父や祖母の同居により

さらに自分の生活を制限され監視されてきた、一時感情がなくなった私にとって


親戚同士が親密にワイワイと話している空間や

子供ができた従姉妹に

なんとも言えない感情が産まれたり

離れて暮らせばもっと祖父母のことも好きになれたし

私ももう少し伸び伸びと生きれたかもしれない。

そして私が私のために働いてきた時間が

この親戚が過ごしてきた、お正月という和気藹々とした幸せ時間だったのかなと。


従姉妹はもちろん苦労はあったのかもしれないけど

ここまで干渉されたり、こんな気持ちになることもなく育ってきたんだろうなとか。



どこにもぶつけられない切ない感情もあり


私は1人違う涙を流していた。