死んでしまってからじゃ遅いって分かってるのに、いっつも失ってから気づく。
何より悲しかったんは、2年前に亡くなった犬(リボン)より悲しむ期間が短そうと母が言ったこと。そして、また昨日亡くなった犬(だい)と会えたらいいのにと母が言ったことに対し、会うんやったらリボンがいいと父が言ったこと。
確かにリボンは人懐っこくて、だいくんはそこまでじゃなかった。リボンが可愛がられているのを見ると近寄ってこなかった。それが分かってたから、だいくんには、より自分から歩み寄っていくようにしてた。リボンが亡くなって、だいくんは人が変わったように人懐っこくなった。自分がもっと動いていればもっとだいくんは変わっていたのだろうか。自分が父と母に働きかけていればもっとだいくんはリボンと同じぐらい可愛がられたのだろうか…。
リボンが亡くなって2年間しか、素のだいくんを見られていないのだとしたら、自分は見て見ぬフリをしてしまったことになる。
だとしたら自分は取り返しのつかないことをしてしまった。あの子は幸せだったんだろうか。
何かしてあげたくても何もできない。何もできなかった自分が腹立たしい。
書いたら気分楽になるかと思ったけど、そうでもないみたい。