被曝回避なき消火活動~丸2日燃え続けた伊達市霊山町の山火事。消防団員「マスクなんかしてられるか」
福島県伊達市霊山町の「徳が森」で3月30日昼に発生した山林火災は、丸2日経った1日午後、ようやく鎮火した。焦げ臭さの漂う森は灰で覆われ、強風で灰が舞う。手元の線量計は0.35μSv/h前後。まるで〝バグフィルターすら付いていない焼却炉〟と化した現場での消火活動だったが、被曝を防いだ者は1人もいなかった。消防本部は防護の必要性すら感じていない。市役所も市民への注意喚起は無し。消防士や消防団員らの熱意には頭が下がるが、残念ながら内部被曝は情熱や根性では防げないのが現実だ。
【「伊達市は警戒区域ではない」】
「放射線?そんなもの気にしている余裕なんて無かったよ。とにかく民家への延焼だけは防ごうと必死だったんだ」
火勢の弱まった「徳が森」を見上げ、消防団員らは時には語気を荒げ、時には苦笑交じりに異口同音に語った。それは消防士も同じ。「この辺りは放射線量は低いですからね。防護をするという発想すらありませんでした」。そう語る消防士の口元はマスクで覆われていたが「これは花粉対策ですよ」と笑った。除染されていない森での消火活動。しかし、放射性物質の存在を意識している者は皆無だった。10年以上、消防団員として活動している男性は「防護マスクなんて邪魔だよ。火を見つけたら道なき道を突き進んでいくんだから、ヘルメットさえ脱げてしまうんだ」と話した。
現場の消防士や消防団員は、誰もが被曝回避の話題になると怪訝そうな表情になり、「考えてもみなかった」と口にした。伊達地方消防組合消防本部の幹部も「放射性物質から身を守るという意味での特別な装備はさせていません。もちろん、警戒区域に入る場合の防護服などは用意してありますが、伊達市は国から警戒区域に指定されているわけではなく、避難指示も出されていないからです」と語る。幹部は「防護をしなくても大丈夫と言い切れるかどうかは分かりませんが…」と付け加えた。
ベテランの消防団員でさえ「3日間も消火活動をするような山火事は初めてだ」と驚く。火元とみられる墓地の線香の小さな炎は、折からの乾燥と強風にあおられて瞬く間に燃え広がり、数時間後には大きな火柱となった。夜には雨が降り出したが、火の勢いを止めることなくやんでしまう。福島県知事の要請を受けて出動した陸上自衛隊は神町駐屯地(山形県)や木更津駐屯地(千葉県)からヘリコプターを派遣して散水。散水量は延べ207㌧に達した。焼失面積は今のところ、25ヘクタールを超えると推計されている。これは、郡山市にある多目的ホール「ビッグパレットふくしま」5個分に相当する。
除染されていない森での大規模火災は、放射性物質の拡散を意味する。霊山町では仮設焼却炉が稼働中。伊達市のほか桑折町、国見町、川俣町で発生した除染廃棄物を燃やしている。伊達地方衛生処理組合が公表している2月3日の測定データによると、焼却灰で1kgあたり8200ベクレル、焼却飛灰(ばいじん)は同1万6000ベクレルに達している。バグフィルターを通しても排煙で放射性物質が周囲に漏れるのに、山林火災ではフィルターすら無い。放射性物質は燃焼によって濃縮され、濃度が高まると言われている。
(上)「徳が森」の入り口に設けられた消防の現場指揮
本部。誰一人として被曝を防いだ者はいなかった
(中)灰に覆われた登山道。焦げ臭さが漂う
(下)手元の線量計は0.35μSv/h前後を示した
【強風で舞い上がる灰】
山火事の起きた「徳が森」はJR福島駅から路線バスで約50分。「掛田駅前」でバスを降り、さらに30分ほど東に歩いた場所にある。標高294メートル。桜だけで68種類、250本が花を咲かせるはずだった。麓の水辺には水芭蕉が咲いていた。10年前から、地域のボランティアグループ「徳が森環境整備プロジェクトチーム」が山の緑を守る活動を続けている。3日に山開きが計画されていたが、今回の山火事で中止されることが決まった。「お地蔵様も燃えてしまいました。山開きでは、おにぎりと温かい汁を振る舞ってもてなす予定だったんです。手作りの記念品も用意していたのですが…」。プロジェクトチームの渡辺政幸会長が残念そうに語った。山開きが中止されるのは、震災が起きた2011年に続き2回目だ。
現場指揮本部の許可を得て、焦げ臭さの漂う登山道を歩いた。まるでうっすらと雪が積もっているかのように灰が地面を覆っている。山肌は黒く変色し、炭のようになった真っ黒い木が転がっている。まだ熱がこもっているのが体感できる。野鳥の鳴き声などない。時折、強い風が吹くと登山道を覆う灰が舞い上がる。木々の枝に積もった灰が落ちてくる。手元の線量計は、0.35μSv/h前後を示していた。数値は森の奥に入るほど徐々に高くなっていった。
伊達市放射能対策課は、市内の空間線量は測っているものの、土壌測定はこれまで全く行っていないという。3月8日発売の「女性自身」によると、森から比較的近い市立霊山中学校付近の土壌は、放射性セシウム137だけで1平方メートルあたり61万8000ベクレルもあった。4万ベクレル以上は放射線管理区域だから、実に15倍以上の汚染状態ということになる( http://jisin.jp/serial/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%82% )。
プロジェクトチームの渡辺会長は「原発事故の翌年の2012年には、徳が森の頂上で空間線量が0.9μSv/hあった」と証言する。福島県土木部が1日に公表したデータでは、霊山町掛田地区を流れる小国川の堆積土砂は1キログラムあたり5000ベクレルを超えた。県農林水産部が2011年8月に発表したデータでは、少し離れた同町下小国地区の畑の土壌は放射性セシウム137だけで1キログラムあたり4681ベクレルだったので、単純換算で1平方メートルあたり30万ベクレル。森林は除染されていないため、依然として高濃度に汚染されていることが容易に推測される。
しかし、伊達市は「マスク着用など周辺住民に対する注意喚起は特に行わなかった」(放射能対策課)。取材に応じた職員は、なぜ注意喚起が必要なのか理解できないという表情でこちらを見ていた。
(中)地元商店街の告知にも「中止」の貼り紙
(下)現場を訪れた仁志田市長。「被曝を防ぐような
装備は無い」と語った=伊達市霊山町山野川
【ベラルーシでは薬剤散布】
伊達市の仁志田昇司市長は1日、火災現場の「徳が森」を訪れ消防関係者から報告を受けた。声を掛けると「山の中は0.4μSv/hくらい?まあ、消火活動で吸い込む可能性はゼロでは無いけれど、そういう装備は無いからね」と話して車に乗り込んだ。
同県田村市の原木シイタケ農家は2013年秋に仲間と「ベラルーシ森林研究所」を訪れた際、山林火災による汚染の再拡散防止が重要な課題になっているとの説明を受けている。森林除染をせず、植林で汚染を封じ込めた。山林火災を防止するためにヘリコプターで定期的に薬剤を散布しているという。汚染が続く森からひとたび火の手があがれば、延焼だけでなく汚染の再拡散が懸念されるのが、原発事故から5年経った福島の現実だ。多くの人の努力で火は消えても、残念ながら汚染は残ってしまう。これ以上、汚染を拡散させてはいけない。
(了)