私は看護大学2年の学生です。二年生になり、病院での実習も受けることになりましたが、初めて配置された部署が産婦人科でした。最近の低い出産率の影響なのか、確かに新生児は少なかったのですが、その分私は赤ちゃんたちをもっと繊細に観察することが出来ました。
親戚の子供の世話をした経験しかなかった私は、文字通り生まれたてぽかぽかな新生児の面倒を見ることがとても大変でした。知識が全く無かったからです。しかし、毎日オムツを交換したり、抱いてミルクを飲ませたり、背中をたたいてげっぷをさせたり、色んな記述を学びながら赤ちゃんと心の会話もたくさん交わしました。そしてその小さい目で私に教えてくれました。自分の姿は、実は今現在を生きている大人たち全員の過去の姿であることを。
赤ちゃんたちはとてもたくさんの助けを必要とします。誰かがきちんと世話をしてくれないと絶対生きていけません。ミルクを飲ませてゲップさせて、オムツを換えて、もし唇の周りが青くなったらわざと叩いて泣かせてみたり…。だから、いま無事大人になっている私たちはみな誰かにその優しいケアを貰って成長した存在だという意味になります。その世話をしてくれた人が母か、父か、もしくは別の人であろうとなかろうと…。誰かの関心とケアーと愛があったからこぞ、私たちは母のおなかから生まれ無事成長したのでしょう。
もし、今これを読んでいるあなたが’私は誰にも愛されてない、私は価値のない人間だ’と言うのであれば、それはただのありえない不満に過ぎません。そのようなことを言えるくらい成長してる時点であなたはもうすでに愛されてきた人だから。ただあなたは自分の中で息をする愛に気付かず、認めてないだけです。
今日私は生まれて三日の赤ちゃんを抱いてこう言いました。君は愛される為生まれて来た子なんだよ。そして私も君にこのようなことを言える時点でもう十分愛された人なんだよ。だからこれからは私が貰った愛を、君のような子達に返す時なんだね。赤ちゃんも私の言葉に気付いてくれたのか、小さな目で瞬きをしてくれました。
新生児室で命の大切さ、赤ちゃんの可愛い姿にも感動しましたが、それよりもうこの世界で生きてる大人たちがもっとも大事な存在であることに気がつきました。幼い頃を無事過ごした私たち大人が自分で貰った愛を認識し、その自分をもっと愛し、私たちの過去の姿である子供たちを36.5℃の体温より暖かく抱いてあげられる。そのような暖かい心を持てるように祈ります。
