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伴に歩んで

ガンと闘った老夫婦の人生日記です。

アブレーション治療の翌日、少しフラフラしますが、朝から普通に歩けました。

隣のベッドの患者さんとも情報交換できるようになりました。

このままだと、明日退院だと女性看護師さんから聞きました。

 

看護師さんと言えば、当然ですが男性も、病棟に2,3人いました。

そのうちのひとり(20代中盤)は、不愛想な子で、話しかけても返事はありません。

隣の患者さんも、僕と同じような不愛想な印象を口にしていました。

 

その子が夕方、「穂高さんは入院の時、手続きができていませんね、総合受付で手続きしてきてください」と言いにきました。

カチンときた僕は「じゃあ、なぜ入院できて、オペもできたの?」というと

「それは知りません」というではありませんか。

入院手続きができていないので、してこいの1点張りです。

入院前に外来で書類を見せられ、あれこれたくさん書いて出したし、入院手続き窓口で部屋も決めました。

当日は守衛室の指示で、確かに何も書かずに病棟へ上がってきたのです。

でも今さら、入院病衣のまま明日退院の患者に、外来会計で混雑している総合受付で手続きやってこいというのです。

さすがに、ぶちぎれました。

外から持ち込まれる感染症をどう思っているのでしょう。

 

「病院のミスを患者に転嫁するんか」というと、「うちは何もミスってない」というのです。

うちとは循内病棟のことです。でも「うち」以上に患者(僕)にミスはありません。

 

それどころか、彼は「苦情があるならホムペに苦情を書くところがあるので、そこへ書いてはどうか」とご親切に用紙の書き方を言う。ここで沸点に達しました。

 

「ご親切なアドバイスやな。世間ではそれを開き直りと言うんや、ボケ!」

と、とうとう罵ってしまいました。

 

言い争いをしていても進まないので、1Fに降り、訳を言って行列に割り込ませてもらいました。並んでいた青年が「ここへどうぞ」と開けてくれたのです。

もちろん、受付で文句を言いましたが、「うちのミスではない」の連発です。

連係ミスを誰も認めようとしないのです。

再度、最低限の書類を書いて出しました。

 

病棟へ帰ると、病棟婦長さんが来られました。男性看護師が報告したようです。

さすがに婦長さんは一切言い訳はしませんでした。ミスのケツ拭きを患者にやらせたことを僕が怒っていることが分かったからです。

あとでやってきた娘も「個人情報をあれだけたくさん書いたのに、失くするなんて」と怒っていました。僕は婦長さんに、『失った書類をみつけても「見つかったのですが、すべてシュレッダーしました」といわれたらそれまでやから、もう探さなくていい』というと、すべてお見通しなんですね、とうなだれました。

患者資料は3年保存で廃棄します。

 

また婦長さんは別のことで僕に謝りました。

「ここは大部屋なんですが、穂高さんはもう1ランク上の4人部屋を希望されていましたね」だって。

もう1ランク上も4人部屋で、確か日額3,400円でした。

「うちのミスで無料の大部屋に案内していました。」と謝られました。

 

もう何も感じません。このミスの多い病院に慣れた僕は。

 

「循内の先生と多くの看護師さんは丁寧で優しかった。でも嫌な思いをする態度の悪い子は再教育されてはいかがですか? 他の患者さんにも聞いては?」

と婦長さんに言いました。

 

他の男性看護師も親切で誠意のある態度でした。でも一人だけ返事もきちんとしない「態度の悪い子」がいただけです。

 

だから退院のときも、誰も挨拶にはきませんでしたが、期待してはいませんでした。

タクシーで一人帰りました。

 

(細かいやり取りは忘れかけています。悪しからず)