こんばんは😃🌃
もう来週の今日には9月になっているという事実に驚きを隠せません。気温くんさんはちゃんと空気を読んで来週の今ごろには秋温度になってくれているかな?![]()
一昨日次は夢の話をしたいと言ったのに昨日は別の話をしたので、今日こそ夢の話を書きたいと思います。
ここを読まれてる皆様は毎晩夢を見るタイプですか?私は毎日見るタイプなんですが(多分眠りが浅め)、忘れてしまうことも多くて毎回ちょっと勿体ないなーー
と思ったりもします。
夢日記って、つけるといいという話もつけない方がいいという話もどちらも聞きますよね~。
でも蓋をあけてみると日記をつけるといいという理由もつけない方がいいという理由も実は一緒な気もします。
つけるといいという理由って、
「高次からのメッセージを受け取れやすくなる」とか「高次からのメッセージに気付きやすくなる」とかが大きいと思うんですよね~個人的に。違ったらすまんすぎる🙃
逆につけない方がいい理由は
「夢と現実との境い目がつかなくなってしまう」ってことだと思うんですね。多分ですけど。
夢の記憶って現実のものより曖昧なものだけど、それを書き記すことによってより脳に残ってしまう→それを続けていくと夢の記憶もどんどん鮮明になっていく→現実の記憶なのか夢の記憶なのかわからなくなる
って雰囲気なんじゃないかと。
夢日記を付けることって、自分のアンテナが現実世界よりもちょっと上の次元の方に向いてるときに受信したものを繋ぎ止めるツールなのかもしれないのかなと思ったりもしています。下の次元もあるのかな…そっちに意識が向いてたら有り得るかも…うーん
基本的には我々は現実世界に生きているので、そこにしっかりと足をつけつつ、軽い波動のエネルギーを受信していくのが良さそうです。
夢日記もふんわりほどほどくらいなら良いのかなと思います。私も面白い夢を見たときはメモっています、たまに忘れるけど![]()
小さい頃に一回だけ見た夢があって、今でも忘れられないものの一つなんですが、
西洋ののどかな農村に母と二人暮らしで暮らしていて、その村には、そこに住んでいる人々は全員その村で一番偉いおばあさんに毎日会いに行かなきゃいけないという決まりがありました。おばあさんは割と厳しめの人でしたが、私は別に嫌いではありませんでした。
そのおばあさんの住む家がとても高い場所にあるため、毎日長い時間をかけて行かなきゃいけなくて、その決まりが結構大変だったんです。
でも私はそのおばあさんにとても気に入られていて、おばあさんちで一緒に暮らさないか、という話を持ちかけられて、幼い私は「ここで暮らせば毎日この梯子を上り降りしなくて済むんだ!」という思惑もあって、「おばあちゃん大好き!おかあさんも大好き!」ってそれぞれに抱きついた上でおばあさんと自分の母と3人でここで暮らすんだと喜びを表していました。
こうして私はおばあさんの住む高いお家に住むこととなりました。
次の日、朝そのおばあさんの家で目が覚めて外に出てみると、そこには私の母が磔になっているのが目に飛び込んできました。
おばあさんに「なんで!?」と泣きついて抗議したところ「お前は私の家族となったのだから、お前の母親はもういらないだろう」と告げられ、「楽したい」という理由だけで選択した結果が大好きな母親を失うこととなり、あまりの自分の浅はかさに絶望しました
…ところで目が覚めました。
いやもうほんとすごい怖かったですこの夢。
小学生くらいのときだと思うんですがそのときの感情とか鮮明に覚えているのでもしかしたらただの夢じゃなくて前世だったりもするのかなぁ~と思ってます。わからないけど。
そんな訳で昔の夢の話でした![]()
夢の話面白いですよね、話したいネタはまだまだあるのでまた今度書きたいと思います![]()
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