気持ちは転職に向かっているので、じゃあ何すんねん?って言うか何ができるんだろ?

 

そもそも、セミナーに行って気がついた様な事をやろうにもすぐにできるわけでもなく・・・

 

どんな勉強したら良いのか、どんな資格がいるのか・・・

セミナー講師のブログを見てもそれだけではわからない。

 

5年後、10年後の自分のために、まず1年間何か仕事をしながら勉強できれば、どうせ働くなら何か掴める仕事が良いよなぁ・・・

 

ってどんな仕事?

 

転職系のサイトに登録したが、自分のキャリアに沿った求人案内しかなく、もっと客観的な視点があれば・・・

自分が知ってる仕事では思いつかないので、ハローワークに行ってみた。

 

って言うのがハローワークを使ってみた動機。

 

 

で、地元にはでかいハローワークが無く隣の市の出張所見たいな所に行って見ました。

ハローワークに置いてあるパソコンで求人を探してはみたが・・・5分もせずに「こんなん、求職登録したら家でもできるやんけ・・・」と時間の無駄に感じた。

 

求職登録しつつ、職員さんに声をかけてみて対面式カウンターで相談してみました。

自分の思ってる事を話したが、対応は丁寧なんだがイマイチ要領を得ない返答。「うぅ・・・こっちの本気度が伝わってないんか?」と腹が立ち始めたその時にカウンターに置いてあったチラシに・・・

 

「キャリアカウンセリング 就職や転職で悩んでいるあなたに!専門カウンセラーがご相談に応じます。」

 

僕「あの・・・これって、今僕が相談してた事ですよね?」

職員さん「そうですね・・・」

僕「(そうですね・・・て)これお願いしたいんですけど・・・」

職員さん「わかりました。では日にち決めましょう。」

僕「はい、お願いします。」

 

職員さんはあくまで職員であってカウンセリングする人では無いのね・・・と

内心「こんな仕事楽やろうなぁ・・・」

 

と言う事で5日後にキャリアカウンセリングを受けてみる事になりました。

 

続きます。

 

そもそも今までの仕事が辛くなってきて、色々限界を感じて一旦休職と言う形を一方的に会社に突きつけた様なものなんですね。

 

今後の選択肢は

・単純に復帰(まず自分の意思としては無い)

・他部署への異動(人手不足なのでなかなか厳しいだろう。休職延長の際、医師からの診断書に記載していただき担当者に希望を伝えたが約1ヶ月半何も音沙汰なし・・・)

・転職

 

12月のメンタルクリニック受信の時にも医師から「起業はどうですか?」みたいなアドバイス。

 

あまりピンと来なかったが、仕事のストレスでダメージ受けてたんなら、自分の好きな事を自分でやれば良いのか・・・良いのか?

 

しかし、高卒で何の資格もなければ、ただ会社に勤めて給料もらって贅沢ではなくてもそれなりに暮らせれば良いや・・・と思ってた身では何ができるのやら・・・

 

で、ネットで「起業」で検索すると起業を考えてる人向けのセミナーを発見。

無料やら有料やら・・・

無料のセミナーはやれインターネットビジネスやら、せどり指南で結局後から搾取されそうな面倒臭そうなものばかり。

有料ので1件ピンときたのがあったので、ちょっと冷やかし半分、本気半分で行って見た。

 

どんなセミナーか簡単に言うと「好きな事を仕事に・・・」みたいなヤツです。

 

そのセミナー講師が元は同業者で共通の知り合いがいたりと、ちょっと「ありゃりゃ・・・」な気持ちもあったが、ものすごく感じの良い人で、ついつい楽しくなって自分の事を話しすぎてしまうくらい上手な人だった。

 

その中で自分の中のいろんな事を掘り下げて行くと言うワークがあり、結局自分は「人と接する仕事」「人を助ける」「人を楽しませる」みたいな事が浮かんできた。。。

 

僕「うーん、今やってもらってる事みたいな事ですよねぇ・・・」

講師「そうですね。」

 

!!!!!

そうなのか?そうだったのか?

 

って言うのが12月下旬の話。

 

また続きます。

 

 

 

 

 

 

ただ書きたい事をダラダラと書いてるだけのこのブログにもアクセスしてくださる方いるようで、見られている事をある程度は意識しないといけないのですが、自分的にどうしても吐き出しておきたい事があるんですね。

 

これが近い状況にある方には不快に思われてしまうかもしれませんが、どうしようもなく僕と言う人間を構成する感覚であると言う事を今回は書きますと前置きをさせてください。

 

 

 

人生に過不足のない環境で過ごしてきたような人からするとただ甘えてるとか、そんな言葉が帰ってきそうなんだが、過不足あると感じてしまわざるを得ない環境で過ごしてきた人って思ってしまう。

 

これって過不足あると感じてしまわざるを得ない環境で過ごしてきた人が感じることで人生に過不足のない環境で過ごしてきたような人にはそんな感覚すら存在すると思ってないんだろうなぁ・・・と思う。

 

過不足というのも微妙で「過」と「不足」のバランスが変動しながら人生って進んでいくと思う。

 

簡単にいうと、金持ちの家に生まれるか、貧乏人の家に生まれるか。周りに善人が多いか悪人が多いか。健康か何か問題があるか。とかその辺の話。

 

僕自身、恵まれてるなぁと思う事もあれば、家庭の環境に圧倒的に持ってない感を感じる事もあった。

要はコンプレックスに感じることが多かったなぁと思っている。

 

貧乏とまでは言えないだろうが裕福ではない家に生まれ、両親は間違いなく善人と呼ばれるだろう。

 

狭い借家に住み、割と大きな家が多い住宅街ではちょっと悪い方で異質な感じの家だった。

無邪気に友達を呼んだりしていたが、ある時に自分の家が一番ボロいと気づいてから誰も呼ばなくなったし、よその家にも行きたくなくなった。

学校で必要なもの。例えば朝顔の観察とかで植木鉢を各自で用意するのだが、みんなは学校で販売してるプラスチック製の四角い植木鉢なのだが、うちは親父の趣味なのか家にあった茶色のガチの植木鉢で正直だいぶ嫌だった。親に文句を言った気もする。そんな家庭。

できれば変に目立ちたくなかった。その僕の植木鉢を馬鹿にするようなヤツもいなかったし、いじめられる事もなかった。

 

弟が生まれたが、こいつがいつまでたっても言葉を喋らず、僕が小学校3年の時に知的障害児だと発覚する。

弟は誰とでも意思の疎通はできる。言葉も理解できる。ただ言葉を発する事ができない。

弟は可愛いが、「なんかちゃうねん、こうじゃないねん」的な感覚。

 

親父は自営業で割と腕の良い芸術系の職人だったと記憶している。

俺が小学校4年の時に躁鬱病で入院した。「心の病気」とか訳のわからん説明をされた気がする。

この親父は僕が高校2年の時に自殺した。

 

「弟が障害者」「父親が自殺」これがそれ以降の僕の「人に言いたくない自分の事」になった。

母はものすごく良い人です。世の中で一番大事で尊敬する人です。気が向いたら母の事は別のエントリーで書きます。

 

ここまでが僕と言う人間の人格が形成されて行く過程に大なり小なり影響する10代の頃の出来事の一部でした。