33話 初めて 




 ワープの衝撃を受けて、気分の悪さがこみ上げる。普段から慣れているTのような人間ならまだしも、健吾には初めての経験だ。
 ガクン、と急に重力を感じ、床に足がつく。平衡感覚がつかめず、ふらついて地面にひざがついた。
 床は、冷たかった。
 かすんだ視界が徐々に落ち着きだすと、健吾は周りを見回した。
 黒い壁が続いている。屋内であることはすぐに分かった。材質は石というよりは金属のように見えた。
 広い空間であることが分かる。
 『君は組織に行くんだ』というTの言葉通りなら、ここは組織の施設の中ということになる。
 最初は自分ひとりだと思ったが、そうではなかった。周りには数人いたことが分かった。
 格好は、ちょうど前のときにTが着ていたような、おかしな服装だ。
 何人かは驚いたような、何人かは訝しげな視線を自分に向けている。この空間で自分が浮いていることは健吾にも解っていた。
 立ち上がろうと無機質な床に手をつく。
 カチャリ。耳の後ろで、冷たい音。それはきっと撃鉄の音だ。
「──────」
 後ろから滑らかな声が流れる。が、一介の日本人高校生である健吾に分かる言語ではない。
「……え?」
 状況が分からない健吾は間抜けな声を上げることしかできなかった。
 何度か理解不能の言語が耳を通り過ぎた後のこと、やっと聞きなれた響きが耳に入った。
「この言語でいいか?」
 咄嗟に反応は出来ず、健吾が黙っていると、
「……ん? これも違う?」
「あ、いいです! それでいいです!」
 あわててとめる健吾。どうやらいろんな言語を試していたらしい。
「コードと所属を言え」
 それまでの疑問文とはガラリと変わった命令文。
「…………え?」
 やはり健吾には、呆けた声を返すことしか出来なかった。
 ということは、現在拳銃らしきものを突きつけられているのは、健吾の正体がはっきりしていないからか。
 今すぐにでも誤解を解きたいところだが、コードの意味も分からなければ所属している組織も無い。
「繰り返す。コードと所属を言え」
 後ろに立つ男の声が鋭さを増した。だが健吾に明確な答えは返せない。
「わかり、ません……」
 歯切れの悪い、言葉。
「──ッ!」
 健吾は次の瞬間にはうめき声をあげていた。
 立ち上がろうと床についていた手がつかまれ、思いっきり背中に捻り上げられたからだ。
 関節が折れるほどではないが、完全に動きを封じられている。
 周りに立っていた変な格好の男達が、一斉に腰のホルダーから拳銃のようなものを取り出す。それは、Tが『エネルギー固定用』だと言ったおもちゃのような銃と同一のようだ。
(『人体に害はない』って言ってなかったか──!?)
 動揺は顔に出るが、痛みをこらえている表情からは、さほど変化はない。
 健吾を囲んでいる、さらに外側にも、同じ格好をした男が多数いた。その男達はなにやら連絡を取り合っているらしい。
 人を集めているのか。何かを確認しているのか。健吾に判断はつかなかった。
 とりあえず健吾にわかったのは、想像以上に面倒なことになっているということだ。
 Tの話を聞く限りでは、組織に行き保護してもらい姫神を助ける、というようなホップステップジャンプの綺麗な工程を想定していた。
 ポジティブと楽観的の違いを思い知らされる。
 今のところ撃とうとする素振りは見せないが、その動きが見えたときにはきっと手遅れだ。第一、後ろから拳銃(だと思わしきもの)を突きつけられている時点で素振りも何もない。気付く前にお終いという可能性もある。
 健吾の心拍数は上がっていく。
 周りの男達の一人が、ゆっくりを歩き寄ってきた。
「────」
 その男は、健吾の腕を捻りあげている男に耳打ちをする。
 ふっ、と腕にかけられている力が抜けた。男が健吾の腕を離したのだ。
 何故、と健吾に疑問符が浮かぶ間もなく男が言った。
「ついてこい。お前を保護する」
 柔らかくはないものの、鋭さを幾分失った言葉に、健吾の口から安堵の溜め息が漏れる。
 健吾を取り囲んでいた男は、方々へ散っていった。
 健吾を拘束していた男が前、耳打ちをしにきた男が後ろ、二人に挟まれて歩いていく。
 おそらくさっきの場所はワープルームのような場所だ。
 健吾は男についていく。歩いているのは長い通路だが、存外近い一つの扉の前で止まった。
 扉といっても、それは健吾が普段見るものとは大きく様相が違った。金属らしいということ以外、材質が知れない。壁と比べて凹んでいるので扉らしいことは分かるのだが、覗き窓も鍵穴も取っ手もないのだ。
 だからといって、何もせずに開くということはないのだろう。男は扉の真ん中あたりにひとさし指を置き、上右下上左上左下下右と順に動かしていく。
 光や音のエフェクトはなく、ただ静かにロックが解除されたようだ。
 ちょうどそのとき、さきほどまで健吾たちがいた場所が騒がしくなる。健吾が目をやると、誰かを中心に男たちが円を作っているのがわかった。
 男が無線で何かを受け取ったらしく「また侵入者……?」と訝しげに呟いた。
 俺は侵入者じゃない、と健吾は反論したかったが、今言っても仕方がないことだと口を噤む。
 また誰かを保護しようとしているのだろう。なにせ、ここは『消滅地球人救出委員』であるTの本拠地(ホーム)なのだから。
 健吾の結論とは裏腹に、もう一人の男が告げた。
「侵入者は武器を所持。所属不明。警戒レベル5」
 二人の男の顔が強張るのが手に取るように分かった。
 焦った男が扉の前で手を広げると扉はひとりでに奥に開いた。
「早く入るんだ」
 もう一人の男が焦ったように、健吾を部屋に押し込もうとする。
『──────』
 健吾には聞き取れなかったが、女性が大きく声を上げたのが分かった。おそらく侵入者だろう。
 男に促されるまま、健吾が部屋に入ろうと──、

 次の瞬間、複数の銃声が響いた。

 耳を劈く銃声。
 健吾は咄嗟に目を閉じ、耳をふさいだ。
 銃声が幾度となく響く。健吾は目だけをゆっくりと開けた。
 扉をあけた男が、無表情に腰から拳銃を引き抜き、健吾を部屋に入れようとする男に無感情に拳銃を向けた。
 引き金を、引く。
 紅が、飛び散る。
「え……?」
 目の前で、首から血を流しながら倒れゆく男を見て、健吾は呆然とする。
 ドシャ……。たんぱく質の塊と化した男は、無抵抗に地面に落ちた。
 そして撃った男は拳銃をこめかみにあて。再び、迷いなく、撃った。
 飛び散った赤色が、健吾の顔に降りそそぐ。単純な赤ではない。脳の中身を含んでいるからだ。
 額から眉へ、頬から顎へと滴る液に不快感を感じながら、倒れ行く二つ目を健吾は何も感じることができず眺めた。
 健吾の腰から力が抜ける。壁にもたれつつ、ずるずる、ずるずると倒れていく。
 地面に尻餅をついたときには、手足にも力は入らなかった。
 動揺していた。これまでで最も恐怖していた。
 健吾が不可思議な現象に巻き込まれ始めて実に様々なことがあった。
 『160時間後に消える』と宣告されて、幼馴染が悪魔になったと言われ、その悪魔に襲撃されて、車に追いかけられ、巨大なロボットから逃げて、Tと別れここまで来た。
 しかしそのどの場面でも『健吾は人の死を目撃していない』のだ。……どころか、血すら見ていないかもしれない。
 非日常に飲み込まれ、戦闘に巻き込まれても、一度も見ていなかった死。──それが、急激な現実味を持って健吾に迫ってきた。
 嗚咽が漏れる口を手でおさえ、歪む顔の筋肉に抵抗した。無論、止めることなどかなわなかった。
 頬が引きつる。眼球が“ソレ”を視認しないよう、必死に動いた。けれど動いた先でも、見るのは死人と血だけだ。
 パァン! と乾いた音が一発響き、それっきり音は止んだ。
 手で押さえていたとはいえ、間近で発砲音を二発も聞いた健吾の聴覚は麻痺していた。聞こえないわけではないが、かなりおぼろげだ。
 普段以上に他の神経が鋭敏になり、しっかりと見える。見えてしまう。
 遠くで死屍累々と転がる男たちも、近くで死んでいる男の弾創から溢れる血液の流動も。
 そして、それらを意に介さぬように立つ、一人の女が。
「……まだ残っていますの?」
 女の声が響く。こちらを向いたのだ。
 殺される。健吾はそう思った。
 コツ、コツ、と近づいてくるハイヒールの音は、普段どおりではない耳にもしっかり余韻を残した。そのリズムがやや不規則であることは健吾にも分かったが、その原因が右足の捻挫であることが分かるほどではない。
 後数メートルというところまで来ると、女の着るスーツの色まではっきりと分かる。
 小豆色。それが元来の色なのか、血に染まった黒いスーツの色なのか、健吾に判断はつかない。
 腹の辺りには大きな穴が開いており、その周りは小豆色よりも黒くなっている。
 女は健吾のすぐそばまでくると、健吾の顔を覗き込むように腰を屈めた。形容するなら美人、という整った顔が健吾のすぐそばまで近づけられた。
 不思議そうに眉をひそめた後、一度目を大きく見開き、そして小さく笑った。
「ふふ……また面白いことになりそうですわね」


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どうも、非魔神です。


5ヶ月ぶりの小説更新になりますが、←


今年最後のブログ更新でもあります。


(あ、小説まとめ更新するけどノーカンで)


最後のブログを上手いこと書けそうになかったから、


小説に逃げると言う策ね。←




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