※残酷描写が含まれています。苦手な方はお戻りください。



28話 雨と虹




 悪魔は攻撃を続ける。

 イライラをぶつけるように次々と翼を振るい、風の刃を生み出すが、決定打とはならない。
 機体を徐々に破壊することは出来ても、目標である殺害には決して達しなかった。
 元より、悪魔の目的は殺戮。
 鉄の塊が壊れようと崩れようと、悪魔にとっては何の意味もないのだ。
 下手に警戒を強めてスピードを落とせば、追う機体には追いつかない。
 警戒を弱めてスピードを上げれば、他の機体に妨害される。
 届かない。
 しかし。
 悪魔の圧倒的優位は揺るがない。
「いくら逃げたところで私は死なないのよ!」
 軽快なリズムで風の刃を放ちつつ徐々に追い詰める。
 初期から攻撃を加え続けている黄色の機体は既に上半身だけとなっていた。
 その真ん中から小さな少年がだらしなく揺られている。
 もはや殺し方にこだわらなくなった悪魔は、ただ殺すことを考える。
 最後の一撃とばかりに右と左の翼を思いっきり振るった、
 そのときだった。

『コードレインボー発動』

 無機質な電子音が響き、これまで一定の距離で悪魔を取り囲んできた七つの機体が、不規則な動きを始めた。
 シュッ! と風を切り裂き、七つの機体は一斉に悪魔へと突っ込んでくる。
 右にも左にも避けれない。
 上にも下にも避けれない。
 結果は一つ。
 グジャッと七方向から鉄の塊に押しつぶされる。
 だが、あの悪魔が、その程度の攻撃に屈するわけも無かった。
 ビュンッ! と暴風が吹き荒れ七つの機体が散らされる。
「面倒くさいわね……」
 悪魔が一息ついた頃には再度七つの塊が悪魔を押し潰しにかかってきていた。
「──ッ!」
 悪魔がわずかなうめき声を上げる。
 再び暴風が吹き荒れ、機体は散る。
 すぐに、再度突進。
 繰り返し。
 また繰り返し。
 始まりの場所も終わりの場所も分からない虹のように、攻撃はいつまでも続く。
「ああ鬱陶しい! それしか能が無いの?」
 苛立ちを隠せない悪魔の声。
 ただの鉄の塊が質問に答えるはずも無く。
 一層の勢いを付けて突進してきた。
「……ぐっ!」
 初めて、悪魔の口から苦痛の声が漏れた。
 悪魔の耐久力にも限界が見え始めたのか。
「ぐっ! ぐふっ!」
 度重なる攻撃に、悪魔の体も悲鳴を上げ始めた。
 口の端から一筋の血が垂れる。
 しかし、悪魔の表情に焦りは見えない。
 むしろ、愉しみが増すように。
 むしろ、悦びが増すように。
 何度目か分からない七色の突撃を前に、悪魔の口元が歪む。
「ふふっ……そうよ、そうよね。そもそも、形にこだわる必要なんて無いわよね」
 不気味に笑った悪魔の、黒い翼が波を打つ。
 気味悪く脈動する翼は渦を巻き、悪魔の全身を取り囲む。
 翼は形を変え、悪魔を包む球体となった。
 突撃してきた七色の機体はその黒い壁に弾かれる。
 硬く堅い球体となった悪魔の翼は、もはや何の侵入も許さない。
 鏡に反射される光のように、虹色の軍隊は簡単に壁に阻まれた。
 しかし、一定の行動パターンしか入力されていないのか、七つの機体は何度も突進を繰り返すだけだ。
「バーカ」
 悪魔の冷たい声と共に、黒い球体から一本の長い棘が飛び出した。
 その棘は突進してきた機体の内、赤い機体の真ん中にぶらさがっている少年の頭を、砕く。
 黒い棘は、少年の頭蓋骨まで軽く貫き、その内側の赤や紫を辺りへ撒き散らした。
 散った赤は、一部が黒い球体にかかり、残りは雨と共に遥か下へと落ちていく。
 黒い棘に、まるで洗濯物のようにぶら下がる少年。
 球体からは続けて何本もの悪魔の槍が飛び出し、少年の体にずぶずぶと穴を開けていく。
 次に棘は高速回転を始め、少年の骨と肉をミックスした。
「ははっ! はははっ! そうよ、これよ! この感覚よ!」
 黒い球体を翼の形に戻し、悪魔は笑った。
 肉片へと姿を変えた少年が、夏の雨へと消える。
 少年を失った赤色の機体はわずかにふらふらと動き、悪魔のつまらなさそうな一振りで四散した。
「血の匂い。肉の感触。骨の硬さ。最高ね!」
 悪魔は、満足げに恍惚の表情を浮かべた。
 しかし、すぐにその表情は獲物を狩る獣の顔へと変わる。
『コードレインボー解除』
 電子音声が響き、残る六色の機体は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「ふふふ……さぁ、狐になる準備はいい?」
 口の端が耳に届きそうな笑いを浮かべ、悪魔が狩猟を開始した。




『総裁、レッドがファーストによって撃墜されました』
 組織のトップの下に、情報担当の中間管理職から事務的な連絡が入る。
「……総裁って呼ぶなっていつも言ってるよね? クビ切られたいの?」
 逃げる男と青年をスコープ越しに見ながら、SCPOの総裁は恐ろしいことを冗談で言ってみせた。
『申し訳ございません』
「じゃあさ~、セカンドは回収できそう?」
『現在、リミンクが神保武を連れて回収に当たっていますが、正直確率は低いかと……』
 中間管理職の男は答えにくそうに答えた。
『リミンクは任務中に足を負傷したらしく、さらにMIB勢力からの妨害も予想されます』
「そうか。ファーストは‘‘こっちが絶対に回収できる’’として、セカンドは向こうが回収って事か……」
『はい。残念ながら、力及ばず……』
「でも、面白くなりそうじゃない?」
 既に年齢は40代に届いているような男の顔に、少年のような屈託の無い笑みが浮かぶ。
『……』
 はっきり言って、単なる中間管理職にとっては、この状況は恐怖以外の何者でもなかった。
 宇宙レベルの巨大な組織が、同じ目標を巡って争う。
 ともすれば、片側が滅ぼされてもおかしくは無い。
「まぁ、レッドが破壊されようと、グリーンが破壊されようと、そんなことはどうでもいいんだけどさ」
 捨てたおもちゃの話をするように、まるで興味の無い声だった。
『と、言いますと?』
「そもそも、『レインボー』は完成品じゃない。所詮は一部だからね」
 自分の描いた絵を自慢する子供のように。
 ここでの話はスピーカーを通して、逃げる二人にも聞こえているのだが、そんなことはどうでもいいようだった。
「どんな戦いでも必ず勝利する理想の形『シャイン』。しかし、一つの機体にその性能を収めるのは理論的に不可能だった。だから、分けた。これが『プリズム計画』」
『はい。それは存じ上げています』
「光は分けると何色?」
『国や地域によって大きく差がありますが、ボスの出身国では確か7色と言われていたと記憶しています』
 組織の情報担当、その中間管理職だけあって、雑学知識は豊富なようだった。
「そう、7色。『レインボー』の7色だ。けど、光は7色だけで作られているわけじゃあない。はい、どうぞ」
 情報担当はわずかに思考し、すぐに答えを出した。
『赤の外側と紫の外側、ですか……』
「ご名答」




 悪魔は六つの機体に一つずつ狙いを定める。
 7つで完璧なコンビネーションを取ってきた『レインボー』。
 その統制が崩れた今、残る六つに悪魔に対抗する要素は無い。
 後は、時間稼ぎのためにただ逃げるだけだ。
「うっふふふふふ」
 これまでにない愉悦をこれでもかと顔に浮かべ、悪魔は追撃を続ける。
 緑色の機体との距離はぐんぐんと縮まる。
 悪魔を苛立たせてきた他の機体からの妨害は、もう、無い。
 機体にぶら下げられた少女を死に追いやるために、悪魔は翼を剣の形へと変えた。
 その翼の剣を突き出した。

 が、その剣は、唐突に形を崩した。

 届かなかった剣から、緑色の機体が遠ざかる。
 理由は言うまでも無く、剣の元である、悪魔に降りかかった異常だった。
「がっ! うぐっ! ああああああああああああああ!!」
 悪魔の絶叫が雨の降る空へ広がった。


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かなり久しぶりです。


悪魔のピンチ的な状況なんで、応援してあげてください。←


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