21話 狙われる者


 悪魔「01」の襲撃を退けた二人は引き続き車で走っていた。

 走っている道は四車線で白線以外の境は無い。
 しかし通行量は極端に少なかった。
 健吾は後部座席から助手席へと移っている。
 後部座席のクッションには大きく穴が開いているからだった。
「車の後ろがめちゃくちゃなんだけど、大丈夫なのか?」
 健吾が悪魔の文字通りの爪あとが残った車体を見ながら言う。
 金属はぼこっとへこんでいた。
 さらに悪魔の足のつめのあとがくっきりと残っている。
「大丈夫だ。こうして走れているのだから問題ないだろう」
 Tは落ち着き払って言った。
「そ、そういうもんなのか……?」
 健吾の顔は不安そうだ。
 実際に数十分前には幼馴染であった姫神香織から襲撃を受けている。
 勿論その姫神は「01」に肉体を支配されているだけで健吾に危害は加えていなかった。
 逆に命を助けてくれた、と言ってもいいだろう。
 だから健吾は悔しかった。
 自分が救ってやりたい少女に逆に命を助けられたのだ。
 そしてもし彼女の人格がいなくなったときを考えると不安で仕方なかった。
「よし、うまく行けば後数十分だ」
 Tが健吾を励ますように元気よく言う。
「ずっと気になってたんだけどどこに向かってるんだ?」
 健吾が尋ねた。
「富士の山頂だ」
 Tは即答する。
「え? 富士っていうのはあの富士か?」
 健吾がそう返した。
「富士と言ったら富士山だろ? さっきからの道で分かんなかったのか?」
 Tが答える。
「富士山なんてそう何度も行くもんじゃねえよ。俺も中学のときに一度行ったぐらいだ」
「そうなのか? 私は25のときには今の仕事についていたからあまりよく分からないんだが……」
 首をかしげながらTが言った。
「いやいや、25なら一般常識ぐらい分かるだろ。日本人なら誰でも富士山のこと何でも知ってるってそれは外国人の発想だぞ」
 健吾は呆れる。
 つくづくへんなおっさんだとは思っていたがここまで変だとは思っていなかった。
「外国人の発想って言ったら『カタナ』とか『サムライ』とか『タンボ』とかじゃないのか?」
「大体そんなんだけど、最後のは違う、と思う」
 健吾はそう返したところで本題からそれていることに気づく。
「ちょっと待て。話を戻すけど富士山って今立ち入り禁止じゃないか?」
 健吾の記憶が正しければ富士山付近は数日前から立ち入りが禁止されていた。
 火山活動が活発化していていつ噴火してもおかしくないから、という理由でだ。
 さっきから車を見かけない理由が分かる。
 と、同時に次の疑問が生まれた。
「ああ、そうだが?」
 Tが即答する。
「だったら危ねえじゃねえか!」
 健吾が慌てて声を上げた。
「心配ない」
 Tはそれだけしか返さない。
「でも、もし噴火したら――」
「心配ない、と言ったはずだ」
 健吾は違和感を感じた。
 Tはいつでも納得のいく説明をしてきたはずだ。
 けれど、この話に関してはT自身が違和感を感じていないような、そういう違和感を感じさせた。
 しかし健吾はこれ以上何も言えない。
 Tはよく分からないハイテクを使う組織の一員である。
 健吾はその片鱗すら知りえていない。
「……、」
 健吾は黙り込んだ。
 何を話せばいいか分からない。
 何ならば話していいのか分からない。
 健吾は記憶をたどっていく。
 そして辿り着いた。
 あのとき、答えてもらえなかった質問に……。
「『おっさんはいつからそんな変な仕事してるんだ?』」
 あのときは『禁則事項だ』という言葉しか返ってこなかった。
 勿論、健吾があのとき質問したのは沈黙が苦しかったからで別に本当に答えが知りたかったわけじゃない。
 けれど、今健吾はその答えを知りたいと思っている。
 自分を助けてくれた人だからか、仕事に興味があるからか、理由は健吾にもわからなかった。
「あ、あぁ……その話か…………」
 Tは言葉を濁す。
 言いたくないのか、はたまた面倒くさいだけなのかは健吾には分からない。
 …………、とTは黙っていた。

 健吾が方々へ視線を散らばせると少し前方に検問がある。
 Tと健吾の乗る車が検問に差し掛かるのは二度目だ。
 一回目は何もしていないにもかかわらずするっと通り抜けた。
 後続の車に乗った人が驚いていたことを覚えている。
 何せ他の車は細かい検問で十分近く待っていたからだ。
 今この道はほとんど車は通っていない。
 簡単に通っていくのだろうと、健吾は勝手にそう考えていた。
 その予想は外れる。
 検問地点に立っていたうちの一人が道の真ん中に立ち、車を止めようとした。
「何? どういうことだ?」
 Tにも意外だったのだろう。
 驚きと疑問の入り混じった表情をしている。
 Tは車を検問の少し前で止めた。
「すいません。富士山の火山活動が活発化しておりましてここから先は関係者しか入れないようになっているんです」
 道の真ん中に立つ男が運転席の横へと移動し、Tに声をかける。
「それならば、このカードで……」
 Tは変わった趣味の服のポケットから小さな緑色のカードを取り出して男に見せた。
 男は首をかしげる。
「何ですか、それ? おもちゃを出してふざけるのはやめてください」
 そういってTから小さなカードを奪い取ると後ろに捨てた。
 緑のカードはひらひらと舞って地面に落ちる。
「な、何を!?」
 Tが驚愕をあらわにする。
 これを見せればどんな検問でもOKだ、とTはそう考えていた。
 しかし、それは通用しない。
 Tは色々と理由を考えるが、思い当たらない。
「じゃあ、まずは助手席の方の身分確認をさせていただきます」
 そう言って車の前方へと移動する。
 Tは気付いた。
 この男の目的に……。
 Tはエンジンをかけ、車を急発進させる。
 男は車の前部に当たりボンネットに乗った。
 Tはスピードを上げる。
 片手でハンドルを持ったまま、左手で銃を持った。
 そして、撃つ。
 弾丸は男の足に突き刺さった。
「うぐっ……」
 男の口から声が漏れる。
 Tは四車線をフルに使い、ドリフトと加速減速を繰り返し男を振り落とした。
 健吾が落ちた男を目で追うと後ろには何台かの車が見える。
 その車は前面スモーク張りで中の様子は見えない。
 健吾にわかったのはとりあえず危なそうな車だってことだ。
「ど、どういうことだ!?」
 健吾が慌てて聞いた。
「あいつらはおそらくSCPOと言う組織だ。多分君を狙っている」
 不確定な言葉が含まれているのはTも状況を理解できていないからだ。
「君を使って姫神君をおびき寄せるつもりだ」
 Tが言った後ろから銃声が聞こえる。
 黒い車から撃ってきたものだろう。
「わざわざおびき寄せて何になるんだよ!?」
 健吾が訊いた。
「分からない。だが、あの強力な力を利用しようとしているのかもしれない」
 Tが推測する。
 後ろからは絶えず銃弾が飛んできていた。
 一つが車体にあたりガゴン! という大きな音が出る。
「とりあえず、しっかりつかまってろ!」
 どこにだよ!? と健吾が突っ込もうとしたときには既に車は90度近く向きを変えていた。
 健吾は前のほうにしがみつく。
 車はガードレールの切れているところを通って森へ入った。
 後続の車の何台かは入れずにガードレールに激突する。
 入ってきた数台がいまだ車の後を追っていた。
 Tは木の間を縫うようにしていく。
 木の根で車は跳ね上がりガコンガコンと音を立てた。
「大丈夫かっ!?」
 Tが健吾に聞く。
「だっ大丈夫だけど大丈夫じゃねえだろ。この状況!」
 健吾は振り返りながら言った。
 後ろからはまた銃弾が放たれ、健吾の目の前の木の表面をえぐる。
 なかなか弾があたらないことから威嚇射撃だろうか、と健吾は考えた。
 しかし次の銃弾が健吾の予想を打ち砕く。
 弾丸は健吾の制服の肩を射抜いた。
 黒い布が飛び散る。
 血は流れない。
 幸い体にはあたっていなかった。
 健吾は恐怖で凍りつく。
「伏せてろ!!」
 Tの大声を聞いて健吾はバッと身を伏せた。
 銃を持ったTは運転しながら振り返る。
 そして狙いを定め、撃った。
 銃弾が窓ガラスを破り車内に侵入する。
 後ろの運転手はヘルメットをしているので銃弾が脳天を貫くことは無かった。
 が、ひびの入ったヘルメットが運転手の視界を奪う。
 制御を失った車は木の一本に真正面から激突した。
 さらに後ろの車はその車を避けきれず次々と追突する。
 一台が車の山をよけて引き続き追ってきた。
 Tは体を大きく後ろへ乗り出すと銃を撃つ。
 銃弾は車のタイヤに当たった。
 しかしタイヤはただのゴムではなく破れない。
 銃での抗戦をあきらめたTはハンドルに向き直った。
 Tはハンドルを思いっきり切る。
 小さな木を支点に円を描くように車は360度向きを変えた。
「ちょっ、やばいって」
 正面に車が迫り、それを避ける。
 車はさっきの小さな木に激突した。
「ナイスッ!」
 健吾が感嘆の声を上げる。
 Tは木の根っこにタイヤをすくわれないように全速力で遠ざかった。
 やがて木にぶつかっている黒い車が見えなくなる。
 そして車はゆっくりと止まった。
「かっこよかったよ。すごいんだな」
 健吾のほうへTが向き直る。
「ふざけるな! 君が狙われているんだぞ!」
 Tは怒った。
 勿論、健吾のために。
「何だよ。別にいいだろ。最近、何も良いことなんてなかったんだから……」
 下を向く健吾に対してTは健吾を見据える。
 確かに健吾は短期間で辛い目にあっていた。
 自分が消滅する運命を背負わされ、幼馴染がいなくなり、そしてその幼馴染に追われている。
 Tにはその辛さも気持ちも理解できた。
 だからこそ放っておけなかった。
「私は、君に生きて欲しいんだ」
「…………、」
 健吾は黙り込む。
 Tはゆっくりと車を発進させた。


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最近、書こうと思うことが表現できない。


これからときどき休むことがあるかもです。


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