遅い時間になってすいません。



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19話 喪失 


 墜落を始めた戦艦、その中にレンはいた。
 
 戦艦は傾き、足元が揺れる。
 レンは一度、職を捨てる決意をし、命を捨てる覚悟をした。
 しかし、それで死ねるほどレンは単純に出来てはいなかった。
 『生きる』、ただそれだけを考える。
 何故かそれだけは絶対に譲りたくないと思っていた。
 『生きる』ためにレンは状況を観察する。
 目の前には‘‘アトミック’’のリーダー、リセル・グロイドが立っていた。
 もしもこのままこの戦艦の中にいたら、確実に死ぬ。
 潰されて、燃えて、はたまた撃たれて、その死因は分からないが生存は難しいだろうと思った。
 まずはこの戦艦の中から出ることが重要だ。
 そのためには操縦席のフロントガラス、そこから出るしかない。
 シールド発生装置、それがレンの最後の頼みの綱だった。
 時間は非常に短いが、その分相当な衝撃に耐えることが出来る。
 例えば近距離での小型核爆弾の炸裂。
 例えば拳銃から放たれた銃弾。
 例えば上空から落下したときの地面との衝突。
 しかし、その効果は一度きり。
 もう一度起動するためにはソーラーで最低12時間、本部での専用充電器でさえ30分はかかる。
 何度も使える代物ではなかった。
 レンはリセルに背を向けて走り出す。
 レンは操縦席の機器類に飛び乗った。
「逃がさないよ!」
 リセルは構えた銃でレンを狙い撃つ。
 銃弾が迫ってきていた。
 レンにはそれがまるでスローモーションのように見えた。
 が、見えただけで避けれるわけではない。
 背後から隙をつかれた銃弾を避けることはいくらレンといえども無理だった。
 レンはそんな場面でも思考する。
 落ちたときの衝撃か銃で撃たれる衝撃。
 どちらか一つしかシールドで防ぐことは出来ない。
 選択を迫られた。
 すぐにレンは落ちたときの衝撃を軽減することを選ぶ。
 そして、レンのわき腹に鉛の弾が突き刺さった。
「ぐっ……!」
 痛みを抑えきれずにレンは言葉を漏らす。
 リセルは後方でふっと笑った。
 銃弾は鮮血をまといながらレンの前方の窓ガラスをぶちあたる。
 そしてガラスは、粉々に砕けた。
 本来ならば銃弾程度では壊れない超強化ガラスだ。
 しかし、大量の爆発で戦艦全体の骨組みがずれて、ガラスに強大な負荷をかけている状況ではその程度の衝撃でも十分だった。
 レンは倒れるようにして、窓ガラスの外側へと落ちていく。
「ぼくの勝ちだよ。じゃあね」
 リセルが勝ち誇った顔で言っていた。
 実際に顔を見たわけではないがレンはそう推測する。
 そんなリセルを背にし、レンの体は落下を始めた。
 レンの戦いの勝ち負けはまだついていない。
 高さは上空3000m程。
 まともに落ちたら即死する高さだ。
 上空だけあって気温も低く肌を刺すような痛みを感じた。
 レンの体は徐々に頭が下になっていく。
 そこへ、本部からの無線が入った。
『ご苦労だった。君の働きには感謝するよ』
 重い口調、長官の声が聞こえる。
「何ですか? 長官」
 レンは至って冷静だった。
 最善を尽くせば生き残れることが分かっていたからだ。
『これで私は無事、Men In Blackの局長となることが出来る。そして、全宇宙で最高権力の持ち主だ』
 長官の言葉の真意をレンは探りかねた。
「それは、どういう意味ですか?」
 レンは尋ねる。
『君の手柄と組織の再編。これだけ言えばわかるかな』
 長官が重い口調で言った。
 手柄、と言えば自分が今まで行っていた任務、『‘‘アトミック’’の壊滅』。
 組織、と言えば自分の所属するMen In Bloodとその上部組織であるMen In Black。
 前者はこの戦いで組織員のほとんどが死ぬことになるだろう。
 二つから導き出される結論にレンはすぐ辿り着いた。
「この侵略で‘‘アトミック’’とMen In Bloodを壊滅させ、それを利用して高い地位を手に入れる、と……」
 呆れた様子でレンが言う。
『そういうことだ。組織を出る気になったかね?』
 長官は重い口調のまま言った。
 しかし、そんなことでレンの気持ちが変わることは無い。
「いえ、私は辞めません。この仕事が私の命ですから。で、再編された組織に私は入れてもらえるんですか?」
 レンは迷いもせずに答えた。
『勿論だ』
 長官も迷わず答える。
『そして、頼みたいことがある。まぁ、どちらにしろ強制するがな……』
「何ですか?」
『‘‘アトミック’’の完全壊滅だ』
 レンの頭に疑問符が浮かんだ。
「どういうことですか? もうすぐ‘‘アトミック’’は滅びるのでは……」
 レンがそのまま疑問を口にする。
 周りを見渡しても小さな戦艦から大きな戦艦まで次々と墜落を始めていた。
 どう見ても、どう考えても‘‘アトミック’’はじきに滅びるはずだ。
『あれは向こうの策のうちだ。この侵略はあいつらにとっては捨て駒でしかないはずだ』
「これが、捨て駒?」
 目で見える範囲の数を数えても、その規模は半端ではない。
 この規模が捨て駒だというなら本当の勢力はどれほどのものだろうか。
 上空の寒さと関係なく、レンは身震いした。
『あぁ、‘‘アトミック’’の勢力は尋常ではない。今回の侵略がフェイクであるという情報は入っていた』
 何故情報が入っていたのか、レンは聞こうとする。
 が、本題からそれて時間が無くなったのでは話にならない、と思い止めた。
「で、どうやって‘‘アトミック’’を壊滅させるんですか?」
 本題に戻すためにレンは話を振る。
『君が‘‘アトミック’’に潜入する。部下の一人としてな』
 レンには意味が分からない。
「それは無理でしょう。私達はMen In Blood。‘‘アトミック’’と真っ向から敵対する組織ですよ?」
 レンが当たり前の反論をした。
『無理だろうな。君がそのままではな』
「私が変わる、ということですか?」
 長官の真意が汲めないレンは質問する。
『そんなところだ。君には記憶喪失になってもらう』
 レンには長官の言葉はひどく現実離れしてるように思えた。
 宇宙最大のギャング、またはテロリスト集団――‘‘アトミック’’。
 その組織を滅ぼす技が最新の兵器でも精鋭の集団でもなく記憶喪失。
「記憶喪失のふり? そんなことで‘‘アトミック’’を誤魔化せるとは思えませんが」
『違う。本当に記憶喪失になるんだ』
 長官がいつもの重い口調で突飛なことを言う。
 レンにはふざけているようにしか思えなかった。
 レンは焦っている。
 地上への距離は1000mとない。
 そして、レンの体は重力による加速を続けている。
 残された時間はそう無かった。
「ふざけないでください」
 レンは毅然とした態度で言う。
『ふざけてなどいない。そのままの意味だ』
 しかし長官は取り合わなかった。
『あぁ、それと演出のためだが、シールド発生装置の出力は下げさせてもらう』
「――!?」
 レンは焦りを隠せない。
 隠す気も無かった。
 レンが考えた、あの高さから飛び降りて大丈夫だという計算はシールド発生装置の出力をフルと考えた場合だ。
 しかし、シールドが機能しないとなれば話は別。
 レンの生存は危うくなる。
「ちょっと待って下さい! それでは――」
 ブチッという機械的な音が連絡の断絶を示していた。
「くそっ……」
 レンは唇を噛む。
 ここまで来て死ぬわけにはいかない、とレンは策を考えた。
 レンは体をひねり、地面を見る。
 落下予測地点のすぐ近くには小さな池があった。
(あれだ!)
 この地域の地面は硬い。
 その地面に直に落ちるよりは水面に落ちたほうがいくらか楽だと考えた。
 レンはポケットから爆弾を取り出す。
 念には念を入れ、奪った爆弾のうちの一つを残しておいたものだ。
 リセルの銃弾が無ければフロントガラスを破壊するために使うつもりだった。
 その爆弾を持ったまま、レンは再び体をひねり上空を見る。
 炎上する母艦から多数の破片が降りそそいできていた。
 そのうちの一つがレンの体のすぐ横を掠めようとしている。
 レンはその破片に手の中の一つだけの爆弾を投げつけた。
 破片と爆弾が衝突し、閃光と爆風が生まれる。
 爆風を受け、レンの体は数m吹き飛ばされた。
(くっ……)
 レンの落下地点は池の上に修正される。
 計算どおりの結果だが、爆風は予想以上にレンの体力を奪った。
 水面まで後は落下を続けるだけ。
 レンはシールド発生装置を構える。
 風を切る音が続き、水面がすぐそこまで迫った。
 レンは瞬間、シールド発生装置を起動する。
 ぶわん、と一瞬で見えない壁が展開され、衝撃を和らげた。
 しかしその恩恵は明らかに少なく、レンはすぐにシールドを突き破り水面に激突する。
 痛みという感覚が直接レンの体に打ち付けられた。
(ぐっ……がっ!)
 声にもならない苦痛が喉まで上がってくる。
 やがて、全身を水が包み込んだ。
 思ったよりも澄んでいた水の中に体が入り、服が水を吸う。
 もがき、もがいてようやく岸に辿り着いた。
 砂の上へと這い上がり、考える。
(長官め……何を考えている? 記憶喪失だと? ふざけるな……)
 びしょぬれの体に地面の黒い砂が付着した。
(こんなもので‘‘アトミック’’を潰せるわけが――)
 ギィンと脳に激痛が走る。
(俺は今なんと言った? ‘‘アトミック’’、……って何だ?)
 直前の記憶が、既に無い。
 既存の知識が、もう無い。
(俺? 俺って誰だ? 俺の名前は……)
 激痛は続いた。
 ついには両手で頭を抱えながらレンは考える。
(俺? 私? 僕?)
 思考は曖昧になっていった。
 痛みから砂の上を転げ回る。
 そのうち、自分がどこを転がっているのかも分からなくなった。
 意識は薄れていく。

(僕は――――)

 脳の激痛が消え去ったとき、レンの意識も消えた。


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