始皇帝の兵馬俑
上野の森美術館で開催中の【兵馬俑と古代中国】を見てきました。兵馬俑と言うと、すぐに始皇帝につながりますが、先ずはその始皇帝をサラッとおさらい。中国初の統一国家、秦を築いた中国の初代皇帝で、世界遺産と絡む事柄としては、【万里の長城】の築城や、【泰山】での封禅が特に有名です。そして本題の兵馬俑ですが‥‥ 兵馬俑の「俑」とは「中国で副葬品として用いられた、人間を模した像」という意味だそうです。俑の作られた歴史は古く、殷の時代から作られていたそうですが、質、量共に最高点に達したのが秦の始皇帝陵で、約40年かけて作られて、その総数は8,000体にも及びます。 この兵馬俑は死後の始皇帝に寄り添うものとして埋葬されて、武士、騎兵、将軍などの軍隊が中心ですが、中には文官なども見られ、その顔つきには民族を超えた様子が見られます。 この俑と埋葬の歴史の関連を見てみると、始皇帝の先祖である春秋時代の秦の君主は没すると、近親のものも殺されて共に埋められる【殉葬】が行われていましたが、この残酷な殉葬を秦の皇帝は禁じました。そして、その代わりに兵馬俑が作られて、埋められたと考えると分かりやすいのですが、実際には前述の通り、殉葬が行われていた時代にすでに俑は作られていましたし、孔子は俑を埋めることが殉葬につながると非難しているので、殉葬と俑を伴った埋葬のどちらが先かの判断は難しいようです。いづれにせよ、世界8番目の不思議と言われることもある兵馬俑は、その精巧な造りが見応えあるものでした。