
奈良人は鹿より人数が少ないという冗談がある奈良市に残る家康VS幸村の昔話というか談話というか言い伝え的なものを紹介。
家康VS幸村~ユッキー徳川追走伝説~

こちら大阪の陣営図のある時期の様子です。
家康たちは奈良から大阪へ入ります。
→明石ジュストは関ケ原で西軍最先陣をきった宇喜多秀家(八丈島に流罪)になった臣下の謎のキリシタン。
→薄田さんは大阪の陣中守衛ほっぽって遊郭行ってこの橙ヤロウと味方に言われた人。
→毛利勝永は安芸毛利と関係ない人。
※後藤基次=又兵衛。
こんな感じで奈良大阪の境でやんのかコノヤロウ状態の両軍。
ソコでユッキーは占いで奈良の方に家康の星がでた!と言い出して奈良入り。
近鉄奈良駅近くの饅頭を祀る神社林神社のもとにいた家康のもとへ

↑林神社。
いいいええええやああああすううううう!!※声優は関智一ではありません。と現れたユッキー。
家康慌てて側にあった桶屋の桶に隠れて難をのがれます。
しかしユッキーがしつこく
こんどは東大寺横奥の春日大社に逃げた家康を追いかけます。


↑春日大社。上杉領の春日山の名前の由来になっている。参道にたくさんある灯籠の中に左近が寄進したやつがある。
3つ連なった入り口の一番奥の祠に隠れた家康。
ここでまさかのユッキースティーブンキングのシャイニングのように
一つ一つ家康いませんかと春日大社を破壊するユッキー。怖い。
そして家康がいる祠をその槍で衝こうとしたとき…!
バチあたんな俺と急に我に帰ります。
家康は脱出。からがら命拾いしたのでした。
ユッキーは大阪に戻ったとさ。
めでたしめでたし。
という昔話。
ハッキリ言って眉唾物ですが。
この昔話のすごい所は
林神社に家康の甲冑が現存しているという謎事実。
昔話でした。