もう28年も経つのだな。
祖母も旧痴呆症だった。
眠った後は朝か夜か分からず、ご飯を食べた事も忘れ、子供の数も忘れ、自分の家も忘れた。
1986~1987年頃だ。
「自分の家に帰ります」
と荷物を持ち正座して挨拶する祖母に、始めは祖父は怒っていたがいつしか
「もう帰りのバスがないからもう一泊していけ」
と言うようになった。
祖母は世話になる旨の丁寧な挨拶をし荷物を持って部屋に戻っていった。
当時祖父はどこでこの知識を得たのだろう。
祖母は急激に悪くなり、1987~1988年頃に徘徊や失禁、1990年頃に寝たきりになった。
子供の顔が分からなくなっても、
「お父さんは帰ってきたか?」
「お客様へのお土産は大丈夫か?」
の二つは繰り返し言っていたらしい。
私の両親と同居をするまで、九十すぎた祖父と八十後半の祖母は二人暮らしだった。
毎日、夕方になってもなかなか畑から帰らない祖父を心配し、ウロウロしながら畑への道を眺めていたらしい。
心の奥深くに刻まれていたのだろうか。
私の父は、毎日一緒にいる私が誰なのか分からないようだ。
今年四月、家族の名前が載っている一覧表を見て
「夕菅って誰だ?」
と本気でつぶやいた。
運転手だと思っているらしい。
いつも病院に送り迎えしているから。