プロゴルファー尾崎将司(ジャンボ)さんの訃報を仕事の合間に知って、
心に穴が空いたような気持ちのまま数日を過ごしています。
自分が父の影響でゴルフに興味を持ち始めた小学生の頃、ジャンボさんは若手選手に立ちはだかるレジェンドとして、トーナメントの最終日を沸かせていました。
最終ホールで逆転イーグルで優勝された1995年のダンロップフェニックス、
最年長優勝を達成された2002年のANAオープンはとても印象に残っています。
※藤田寛之さんとは1997年のサントリーオープンでも死闘を演じられていましたね。サンデーバックナインでの5連続バーディーは圧巻でした。
父からゴルフを直接教わり、ジャンボさんからゴルフの魅力や「プロ」の偉大さを教わりました。
もちろん、現在活躍されているプロゴルファーの方はたくさんいらっしゃいますが、
ジャンボさんには「華」があり、誰よりも「魅せる」ゴルフをされていたと思います。
ジャンボさんが尊敬されていた「ミスター」長嶋茂雄さんにも通ずるスーパースターでした。
日本におけるゴルフを一大産業まで押し上げた立役者でもありました。
ジャンボさんを特集した『300ヤードの冒険者』は何度も視聴しました。
晴れてプロになれたとしても、レギュラーツアーに出場できてかつ試合で優勝できる人はごく僅かな世界で、
ジャンボさんが113勝の偉業をなせたのは、優勝から遠ざかっていた30代があったからと言えます。
身体を鍛え直すために、今でこそ主流となっているトレーニング理論やゴルフ理論を独学で編み出し、ゴルフクラブもいち早くチタン製を取り入れるなど、技術の向上に誰よりも貪欲な方でした。
40代以降の全盛期を成し遂げたジャンボさんにとって、30代の時間は単なる「スランプ」ではなく、自分を見つめ直すターニングポイントだったのだと思います。
幼い頃は、ジャンボさんの豪快なゴルフが好きでしたが、社会人になってからは誰よりも繊細な方で、努力の天才であることに惹かれるようになりました。
日本では佐久間朱莉さんが賞金女王に輝くなど、ジャンボアカデミー出身の方々が日本で世界で活躍されていて、
ジャンボさんの精神と技術が継承されていることを実感した2025年でした。
私はそこまでゴルフは上手くない状況ですが、小学生の頃にゴルフに出会えたこと、ジャンボさんはじめ多くのプロの方々から勇気をもらえたことはとても幸せなことだと思っています。
職人芸と言われたジャンボさんのアプローチショットを目標として、初めて自分のお金で買ったJsアイアンのウェッジをこれからも愛用していきます。
尾崎将司さん、今までお疲れ様でした。
ゆっくりお休みください。





