尾畑春夫さんを、昨今ニュースで再びお見かけする。
ボランティアは見返りを求めないものだから、はじめから意図されたものだろうが、やはり今回授賞を辞退されて再び世間を騒がせた。
尾畑さんにとってあたりまえのことが、私たちにはあたりまえでない。
他人のために働くことはあたりまえでない。そんな社会問題はニュースにはならない。
翻っていま私は社会にとってあたりまえのことをしているだろうか?
下請けで働いていると、要らぬ世話だがどうも元請けの人手が足りれば賄える、下っ端の仕事を私はしていると思えてくる。
何故人手が足りなくなるかというと、仕事がきつくて辞めていくからだという。
それを補うために下請けが必要となり、要らない雇用が発生していると思えてくる。いくら補っても問題解消しないのは、辞めていく原因を解消しないからなのではと思えてくる(雇われていてこんなことは言えないが)。原因はあたりまえのことだ。損得だけを残せば前者と違うあたりまえのことが残る。人間と人間が醜くなる。
と私はみているが、そんなことを考えているヒマがあったら働けと言われる下っ端なので要らぬ世話は脳内に留めよう。
今回、尾畑さんに私は学びたい。
私たちは出発点を間違うと経済に呑まれてしまう。他人のために働くのは本能だったのだ。私は自分がたったひとりでは生きていけない社会の、下っ端でいいから働きたい。ボランティアほどの崇高な仕事は出来ない愚かさを許してもらうかわりに。
そんなことを考えながらワイドショーを流し、炬燵で煎餅を食べる昼下がり。
