このタイトルだけで誤解していただきたくはないのですが、別にインディーズ映画そのものが創作されていないわけではなく予算やその他諸々、主に大衆性を鑑みたうえであまり回収が見込めなくなってきているのではないかというのが私個人の考えに過ぎないことです。

なぜなら、現代社会における主に若い世代の人々が、あまり映画を観ることが少なくなってきているからで、私が最も衝撃的だったのは、現代の若者、私が好まない言い方をするならばZ世代の人々が作品を観る前からYouTubeで2時間の作品を10分程度でかいつまんで落とし込んでいることです。

これに加えて、ネットフリックスの作品ですら倍速で観るとのこと。理由を聞くと、通しで観るのはコストパフォーマンスが悪いという衝撃の理由が返ってきました。

これらの現状に仰天しているあたりで、私は古い人間なのかもしれません。

さらに悲しきかな、SNSが普及した現在、簡単に批評がまかり通り、レビューを見ただけで映画を観た気分になり、本作を楽しまない人を急増させている気がしてやるせない気分になってしまいます。

また、著名人ですら、鬼の首でも取ったかのように作品を細かく解体して、解釈の説明を世の中に発信しています。これは作り手の視点から本当に正しく説明しているのは確かかもしれません。しかしながら私は100人いたら100通りの解釈があってもいいような気がして歯がゆい気持ちになってしまうのです。

人や物事に多面性があるという点を踏まえて、誰が何に対してどう感じるのもまた自由ではないかと思えて仕方ないのです。

私はミニシアター系映画が好きです。本当に印象的だった作品関しては敬意を表してパンフレットも購入しますし、どんなにつまらないと感じてしまった映画でもエンドロールは最後まで席を立つことはしません。なぜなら映画を1本作るのに膨大な時間と労力がかかることを、身をもって知っているからです。

かつて、とあるモデル事務所に所属していた折に、海外映画のエキストラをする機会がありました。日本で公開されることはありませんでしたが、私はその作品の中で日本人娼婦の役を与えられ、1日13時間も裸でいなければならなかったのです。同じシーンを何テイクもこなす俳優さんに思わず「大変ですね。」とお声がけをしたところ、彼は「そんなことはないのですよ、作品に携わっているスタッフの方々の方がもっと大変なのですよ。」と屈託なくお答えくださいました。結果として、エキストラのギャラは雀の涙ほど。私はそれを全額寄付し、それ以降、観る映画ひとつひとつに様々な思いを馳せながら最後まで鑑賞してきました。昨今、ミニシアターの縮小に伴い、映画離れが目につきます。

心の底から悲しく思いながらも時代の流れを感じずにはいられません。