5年前はまだ結婚前で、娘も産まれていなかった。
職場も今とは違う所にいて、
かなりボロ事務所だったから
揺れが激しくて呑気に早めの3時休憩で
柏餅をいただいて食べてた最中だった。
慌てて柏餅を投げ捨てて外に出たのを覚えてる。
運送会社にいた私は
東北が震源と知り、その方面に出ているドライバーに連絡を取るも携帯は一切繋がらない。
なにも情報がない中でテレビを付けそこに映し出されていたのは石油タンクの大きな火災。それだけで衝撃だった。
各地の被害はまだまだテレビさえも入って来ない。
ツイッターで東北が震源とは知ってたが
テレビの映像は都心部ばかりでよく分からなかった
そんな事をしているうちに、根気よくかけてた電話が繋がってドライバーの無事を確認できた。
しかし、安堵する間もなくドライバーの話から被害の大きさが見えてきた。
ドライバーは福島にいた。
走行中の地震だったと。
すると、これから渡ろうとしていた橋が地震と共に目の前で崩れ落ちたという事だ。
もちろん道もガタガタでその場で一切動けなくなったとの事。
もう少し時間がずれてたら橋の上だったと恐怖に怯えた声でドライバーのおじさんは言っていた。
そんな事をしていたらテレビの速報が…
どこそこの海岸に1000人を超える遺体と。。
まだ確実ではないがと前置きしながらも
そんな地獄絵図のような事を報じるって事は事実なのか?と耳を疑いたくなる言葉だった。
次から次に情報が入ってくるけど、
どれも簡単には信じ難い事ばかりだった。
家に帰っても、彼が(今の主人)帰ってくるまで心配でならなかった。
もちろん。テレビを見ながら恐ろしくて何も手につかなくなんだか呆然としていたのを覚えてる。
そんなあの日からもう5年。
5年あれば普通に生活してたら色々が変わる。
でも、被災地の人達にとっての5年の変化はどうなんだろう。
今日もあの日のようにテレビを見ているけど
変わってない事がまだまだ沢山ありすぎて…。
だいぶ、復興も進んだんだねーなんて軽々しく言っちゃいけないんだと思ったのが正直な感想だった。
私はこの5年で、結婚をし、家を建て、子供を産んだ。
その環境に居られる事に感謝して
そして、ちゃんと守っていかなきゃいけないんだ。
親になって、改めて震災の被害を見てると今までと違う視点で胸が苦しくなるし、責任を感じ考えた。
自然を前には無力なのかもしれないが
大切な家族くらい守れるようにしていたいと思った。
立ち止まり、振り返り、考える。
これは毎年必要な事だと思う。
AKEMI















