自分の道自分の信じることが正しいか間違ってるかなんて最後にしかわからないのかな。正しいと思ってても間違ってたり?間違ってると思ってたら正しかったり?そんなの最終結果の後にしかわからない。私はどちらともつかず、あいまいに歩いてきたから今まで何も得られなかった。
自殺はめんどくさがりの究極の手段考えてもだめ。前を見て解決策を考えるより何もできない自分への諦めと軽蔑だけを自分自身への罵倒を延々と繰り返してしまう。「じゃあどうすればいい?」わからない。何もできない。もがいても、きっともがいたつもりでしかなくきっと他人よりは努力をしていない。他人よりは考えていない。他人よりは必死じゃない。他人よりは何も考えてない。他人より何もがんばってないから他人より 気付けばいくらも遅れて落ちぶれて今まで見守っていてくれた人や何があっても味方でいてくれる親へ対しての感謝そんなのはみんなわかってる。わかってて何もできないのは私だけ。何もしないのは私だけ。みんなはちゃんと親孝行をしててすごいな。めんどくさいから死にたいって考える。「めんどくさいから:」って理由も本格的に自分の考えの甘さ、ダメさを実感してますます嫌になる。ある日、仕事もプライベートも順調な同僚に「何でもできてすごいね。」と言ったときの答えが「全然すごくないよ。必死なだけだよ。」自分がまた小さく見えた。
何もない考える力も動く力もない。他人のいいところだけがやたら眩しく見えて、自分は何ができるのか、何がしたいのか、なぜ何もしようとしないのか。自問自答を重ねていくと、その度に、自分の価値は蚤のように小さいと思い知る。憧れてるだけで何もしない。頑張っている人をうらやましがるだけの存在。息をして、生きているだけ。そういう自分に嫌気が刺すのにももう慣れて、ますます生きているだけ。これからもこのままなら…自分は何なのか。先にあるのは恐ろしい考えだけ。光なんて、あるようで見えない。