小論で使う用にコピペ!
マイケル・サンデル著 それをお金で買いますか
私たちは、あらゆるものがカネで取引される時代に生きている。
民間会社が戦争を請け負い、臓器が売買され、公共施設の命名権がオークションにかけられる。
市場の論理に照らせば、こうした取引になんら問題はない。
売り手と買い手が合意のうえで、双方がメリットを得ているからだ。
だが、やはり何かがおかしい。
貧しい人が搾取されるという「公正さ」の問題?
それもある。しかし、もっと大事な議論が欠けているのではないだろうか?
あるものが「商品」に変わるとき、何か大事なものが失われることがある。
これまで議論されてこなかった、その「何か」こそ、
実は私たちがよりよい社会を築くうえで欠かせないものなのでは――?
市場取引にふさわしくないものが「経済的効率性」の名のもとに
カネでやりとりされているというのだ。
それらを金銭で取引すれば、人間行動の本来の価値が変質し腐敗する、とサンデルは考えている。
たとえば、あるテーマパークでは追加料金を払えば待ち行列の先頭に割り込めるが、
それは「行列に並ぶ」という規範を貶おとしめることになる。
贈り物を「現金化」すれば欲しいものが買えて「効率的」だが、友情は腐敗するだろう。
そして、「生命保険の自由市場」は「命で賭けをすること」であり、
「道徳的気まずさ」を生むかもしれない。
米国の一部の刑務所では囚人が82ドルを払うと一晩きれいで静かな独房に入れる。
カナダでは約6千ドルで北極地方のセイウチを撃つ権利が買える。
米国ダラスの成績不振校で本を1冊読む児童に2ドル払う制度は、
低学力児の成績向上には役立つかもしれない。
だが読書が金稼ぎ手段となれば本を愛する心を腐敗させてしまう、と著者は挑発する。
それぞれ正答が用意されているわけでもない。
サンデルの「結論」や「提言」を期待すると、がっかりするかもしれない。
彼の目的はあくまで「民主的な議論の技術を伝えること」なのだ。
だとしても、この本には読む価値がある。
事例を読み進んでいくと、自らの思考停止に気づき、
これまで漫然と受け入れてきたさまざまな市場や取引が
「道徳的に正しいのか」と考え直さずにはいられなくなるだろう。
熟議を引き出す力は十分にある。
たとえば、温室効果ガスを出す枠を売買する排出量取引。
国連や欧州連合が導入し、環境派の人々や少なからぬメディアが
「必要な市場」と信じ込んできた制度だ。
サンデルはこれにも「温室効果ガスを排出する『罪』を相殺することは正しいのか」と
道徳面からの疑問を呈す。反論を試みようと思う読者もいるかもしれない。
それこそ、講義の名手の狙いどおり、ということになる。
