気が狂った人間は怖い?
当たり前だよね。

それは、自分には理解できないものだから怖いんだよね。
それは、わかってる。
だけど、怖がられた人の立場はどうなるんだろうね。

全ての終わりに理解出来ない事象が訪れた時にあなたは何を思ったのかな。

怖い?
あなたは、私の後ろに誰を見ていたの?
だから、あなたは私の話を理解できなかった。
もう少し見てくれていたのなら、もっと違う未来もあっただろうに。
狂ったふりも続けていけば、本当に狂ってしまうものなんだよ。

今がとても苦しい。

一人が消えて、一人が壊れた

一人は死にたいといい、一人は助けられた


消えた一人は、一人を愛し、愛しすぎたために消えることを選んだ

壊れた一人は、一人の意思を継ぎ、果たすために狂った

死にたいと言った一人は、誰かに愛されることを願い、死を願った

助けられた一人は、すべてを背負い、結局は助からなかった



誰かの幸福の裏には誰かの不幸があって

誰かの不幸があるからこそ 誰かに幸運が訪れる

けれども 、その幸運と不幸は比例せず

どれだけの不幸があったからとて相応する幸せがあるとは限らない



自分の幸福が誰かの不幸の上に成り立つことを知った後では

決して幸福は訪れない


そこには誰かの不幸があるために。

そこには誰かの苦悩があるために。

そこには誰かの叶わなかった願いがあるために。

だからこそ、比例しないものであり続ける



誰が悪い?

何が悪で何が善だったのか

誰もいなくなった後ではわからない


消えた一人は果たせなかった夢を見続け

壊れた一人は果たせなかった夢を願い続けた。

死にたいと言った一人は誰からも愛されることもなく

助けられた一人は罪悪感に悩まされる。


だから、誰もが人の不幸を笑いこそすれ

自分の身に置き換えて同情はしない。



なぜなら

それは自分の幸福を壊すこと以外に他ならないから。


雨がやんだ頃に全てのものが流し尽くされていたら、そこに希望なんてない。夢なんて見れない。
あんな言葉は、たんなる気休めにもならない。

現実はいつだって残酷でしかなくて非情でしかなくて冷酷でしかないんだから。
自分が見たい現実なんて一度もみたことはないよ。

それでも雨っていつかはやむのかい?