こんちわ
誰にも頼まれてないのに映画サークルロイヤルミルクティーの過去作を観て感想を書こうというキャンペーンです。
なぜこんなブログを書こうかと思ったかというと、やはり同サークルというだけで贔屓目バリバリに観て忖度感想を行うという欺瞞に耐えきれなくなったという点が一つ。もう一つは、あと1年くらいで山口を去るため、めちゃ映画の悪口を言って嫌われても全然いいやという気持ちになったからです。
自分のことは棚にあげてめちゃくちゃ言いまくるからなーーー!!!覚悟しろよーーー!!!!!!!!!!!
※ネタバレをバコバコしていくので気をつけて
『アイ:シー』(2016)
あらすじ
自分が見る未来を見ることができる相澤と、他人が今見ているものを見ることができる真田。見ず知らずの能力者二人が互いに一つの事件に踏み込んでいく…観るものの「見方」を変えさせる衝撃の結末を目撃せよ。
※ロイミル公式Twitterより抜粋
予告編↓
https://twitter.com/roykunmilchan/status/816988491879854080?s=19
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はじめに
なぜ取り上げる一番最初の作品に『アイ:シー』を選んだかというと、単純にこのキャンペーンの中で一番誉めるのはこの作品になるであろうからです。
個人的にはロイミル過去作の中でもトップ級に完成度が高いと思っているからです。
ここで言う“完成度”とは純粋な面白さではなく、完全なる主観かつ推測による、「作り手の志の高さ+それに映像がどれほど応えているか」です。
ここからは本編、口調が変わるよ。
本作はサークルの企画により「アクション映画」のお題のもと作られた。
誤解されがちだがアクション映画とは「人と人が格闘する映画」と同義ではない。映画監督が「よーいアクション!」と言いカメラを回すように映画とはアクションでありアクションこそ映画である…のだが、そもそもアクション映画と一言で言ってもそれを定義するのはとても難しいのである。
個人的な見解として「動きが軸となりストーリーを語る映画」をアクション映画と捉えている。そういった意味では本作もアクション映画たりえていると思う。
ではこの映画では何がアクションするのか?
それは「カメラ」である。
この映画では被写体以上にカメラの動きがとても特徴的であり、それはこの映画自体が語るものに通じるのではないかと考えている。
詳しいことを語っていこう。
と思ったがとても面倒くさい。
とても面倒くさい
なので簡単に説明する。
この映画はカメラが頻繁に移動する。時には登場人物のすぐ目の前、時には建物全体を見渡せるほど上空へ。そういったカメラの移動は同時に観客の視点の移動も意味する。
物語が語られていく中で縦横無尽に動き回るカメラは自由なように思える。しかし、それはむしろ逆で、移動するカメラは我々の視覚情報を限定し、観客を効果的にミスリードする。
つまり、動き回るカメラにより我々は首根っこを掴まれ、作り手の見せたい物語(ここではあの怪しい男が犯人であるという筋書き)へ誘導される。
観客は主人公たちと同じように、限られた視界により翻弄されるのである。
そこに来て明かされる真犯人、実は細々と張ってあった伏線、さらにそこから発展する能力者どうしの対決、構成だけ見てもアツいものがある。
他にほぼ全ての能力者が「視界」に関係する能力を有すること。それらの考察はしたい人がしてみて欲しい。俺は面倒なので。
さてこれまで「アクション映画」という側面から見てきたが、ここからは個別に良い点を挙げていこうと思う。
良い点
・最初のワンカットシーン
この映画最大の映像的見所は何と言っても最初のワンカットシーンであろう。「この映画はこういう映画です!」と高らかに宣言するようなワンカットシーンはまさに象徴的なカットとなった。めちゃくちゃ大変だったんだろうなぁと思わざるを得ない。
・画の構成
基本として見ていて気持ち悪い構図がなかった。当たり前かもしれないがこれは地味に凄いこと。しかもカメラが動き回りながらしっかりハマってくる。これはカメラの動きもしっかり考えて撮られたのだろうと感心してしまう。
・トリック
この映画は「こういうことを言いたいんだ!」というより「こういうカットと物語思いついたからやりてーー!!」的なスタンスが強いと感じたので、観る側もエンタメとして観る準備ができた。そうした上で恐らく初見で見破れる人間はいないのではないかと思うほど複雑なトリックが展開される。
「視界」にまつわる能力を駆使し繋げていくそのトリックはある種のカタルシスをもたらす。脚本書いた人、思い付いた時自分で「すげー」と思ってたと予想するわ。
・音楽
めちゃ格好いい。これがほとんどH先輩作の音楽らしく、俺も音楽は先輩に頼みたいくらい素晴らしい。アバンやエンディング、さらに劇中の緊迫した場面で使われる音楽、どれもこれも使い方やタイミングが凄い良い。
食事
・食と映画をテーマに卒論を書く私からすると安易であると感じはするが、制作された2年前の時点で所謂フード理論を持ち込んだ点は素晴らしいと思う。こういった細かいところまで演出できる制作者なんだな、と感じた。
他にもある気がするけどここまでにする。
さてここからが本番。恐らく公に『アイ:シー』のダメ出しをするのは私が初めてなのではないのだろうか…本当はしたくないんだよ…
ただ忖度して思っていることを言わずに「面白い」と言い合う風潮は気持ち悪い上に表現者として失格な気がするのでリスペクトを込めて気になったところを挙げさせて頂く。もし間違っているよという指摘がございましたら教えてください。
気になったところ
・格好がついていない
台詞や一つ一つの所作が格好つけたようなものになっており時折こちらが恥ずかしくなってくる。恐らくこれはイケメンや美女がやってギリ成立するのであって素人役者が背負うには要領オーバーだと思う。
またテーマに繋げようとして台詞のやり取りがおかしくなっているところにも首を傾げた。
・中盤
公園のような所で三竦みになるシーン。ここは所々突っ込みどころがある。まずここでは緊張感が欲しいのだが、繰り返されるドローンカットにより全体像を何回も見せられ観客はどんどん緊張感を失っていく形になってしまっている。また警察官の歩き方や警察とは思えない立ち振舞い、それに合わせる他2名、ミスリードが振り切ってバランスを崩しているように感じた。途中からギャグなのかと思ってしまった。
犯人
・真犯人はあやめであったわけだが、コイツすごいバカじゃない?そういった人物像と言われたらそうなのかもしれないが、しんたの右足と警察官の左腕に弾丸ブッ込まれる犠牲を払わなきゃいけないほど?警察も大概じゃない?
終盤の能力者どうしの対決。警察官たちはあやめに操られるフリをしているのだが、つまりあやめの指令していることを読んで行動しなきゃいけない。これめちゃ高度かつ無理ゲーじゃない?
あとあやめの動機が「能力を最大限使い人を殺させる快感」というのも個人的にはフィクション的すぎてあまり…
終盤
・撃たれたしんたと優が互いに思っていたことを吐露する場面があるのだが、アクション的に緊迫した場面で画が止まってしまうのであまり効果的ではないな~とか思ってしまう。
複雑すぎるトリック
・最後のトリックは複雑で誰も見破れないよ前述した。そう見破れないのである。登場人物が言う説明をちゃんと聞かなければいけないのだ。何回か観た私も未だにしっかりわかってねぇ。
とりあえずざっとこのあたりが気になったところである。制作者や役者に嫌われるのが怖いのである。
しかし、一つ言っておきたいのは『アイ:シー』はそれ以前や以降に多く作られた内輪ウケに逃げるようなサークル作品と一線を画す作品である。
完成度はさることながら制作者の意気も含め過去作トップクラスに位置する作品であることは誰もが認めるだろう。
映像面ではこの作品がサークルにおいて一定の基準になる。越えてみ。
最後に制作者の皆様、お疲れ様でした。そしてありがとうございました。
そしてお見苦しい文章に付き合ってくださった方、ありがとうございました。
『アイ:シー』だからかしこまっただけで、次の作品はもっとフランクに書くよ。