●ジュニア卒業に4年、世界王者まで7年 早熟の天才・宇野昌磨が「チャンピオンへの階段」を登った日
4/15(金) 18:36 NEWSWEEK
<2大会連続での五輪メダル獲得など輝かしい実績を積み上げる宇野選手だが、そのキャリアには苦労も多い。「天才スケーター」として名を馳せた小学生時代から頂点に至るまでの道のり、世界選手権を制した3つの要因を紹介する>
北京五輪、世界選手権と日本選手が大活躍した今シーズンのフィギュアスケートは、現在エストニアのタリンで行われている世界ジュニア選手権(17日まで)を最後に閉幕する。【茜 灯里(作家・科学ジャーナリスト)】
7年前の2015年に同じ場所で行われた世界ジュニア選手権で、高橋大輔、織田信成、小塚崇彦、羽生結弦に続く日本男子5人目のジュニア王者となったのが、今年の世界選手権を制した宇野昌磨だ。
宇野は小学生の頃から「天才スケーター」として名を轟かせていた。平昌五輪(銀)、北京五輪(銅)と二大会連続のオリンピックメダリストで、世界選手権では今年の金以外にも2度の銀、四大陸選手権で金を獲得している宇野のキャリアは輝かしい。だが、ジュニア王者になるまでに4年、世界王者になるまでには7年の月日が必要だった。その道のりは、決して順風満帆なばかりではなかった。
宇野が今年、世界王者になれた勝因は、(1)コーチとの二人三脚、(2)靴への信頼、(3)リンクメイトの存在と考えられる。個々の事情を解説する前に、まずは念願の世界王者の座を掴むまでの足跡を振り返ってみよう。
<思いのほかトリプルアクセルに苦戦>
ノービス時代(スケート年齢[※]で9歳以上12歳以下)の宇野は、男子では小塚崇彦以来2人目となる全日本ノービス選手権4連覇を果たした。試合での強さもさることながら、「フィギュア王国・愛知」で育ちアイスショーやシニア試合のエキシビションに数多く出演していたため、フットワークのよい踊り心あふれる演技を披露する機会が多く、早くからファンに注目されていた。
※スケートシーズンは7月1日に始まり、翌年6月30日に終わる。クラスを規定する年齢は、シーズン開始直前の6月30日時点の満年齢が対象となる。
2010年のバンクーバー五輪前の特集番組では、12歳の宇野が「次のオリンピックメダル候補」として紹介された。伊藤みどりや浅田真央も指導したコーチの山田満知子は「このまま順調に伸びていけば、それ(14年のソチ五輪出場)が見えてくるんじゃないでしょうか」とテレビカメラの前で語った。
中学生になってジュニアクラスに上がると、これまで順調だった宇野の成長の前に壁が現れた。山田コーチとともに指導する樋口美穂子コーチが振り付けるプログラムは、宇野の表現力や踊りの上手さに磨きをかけた。だが、世界ジュニア選手権には日本代表として毎年出場していたものの、ジャンプの習得に苦心することになるのだ。
当時は、トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を習得して世界ジュニア選手権で好成績を修めてジュニアクラスを卒業するというのが、男子の有力選手の王道だった。宇野は試合でトリプルアクセルを成功させることが、なかなかできなかった。
とはいえ、練習量が人一倍多い宇野は、一度身につけたジャンプは試合でほぼ失敗せずに飛べるようになるのが強みだ。飛距離が長く余裕のあるダブルアクセルを飛んでいたこともあり「トリプルアクセルの習得には、さほど時間はかからないだろう」と、関係者やファンは楽観視していた。
<「トップ選手にはなれないかも」>
しかし、ソチ五輪候補として名を連ねているはずの2013-14年シーズンになってもトリプルアクセルは成功せず、宇野はジュニアに留まり続けた。しかも、離氷の瞬間に左足のエッジ(スケート靴の刃)を内側に傾けるフリップジャンプが得意な宇野は、同じ踏切でエッジを外側に傾けるルッツジャンプで、エッジの角度が曖昧になる癖が直せずにいた。
「良い選手だけれど、トリプルアクセルとルッツを習得できずトップ選手にはなれないかもしれない」
宇野に対して悲観的な見解が現れ始めたのもこの頃だ。
2014-15年シーズンは、ジュニアの試合のショート(SP)で必ず飛ばなくてはならない「指定ジャンプ」がルッツだった。「宇野にとって、試練のシーズンになる」と誰もが考えた。ところが、シーズン初戦の前に「宇野が4回転ジャンプを飛べるようになったらしい」という噂がフィギュア関係者から流れてきた。
3回転半が苦手でも、4回転は飛べる選手は過去にも一定数いる。宇野の現在のコーチ、ステファン・ランビエールもそうだった。情報の真偽は訝しまれていたが、蓋を開けてみると、宇野はこのシーズンに3回転半と4回転トゥループの両方を試合で成功させ、さらにルッツジャンプのエラーまで克服していた。
12月に行われたジュニアグランプリファイナルでは当時のジュニア歴代最高得点を叩き出し、世界ジュニア選手権には鳴り物入りで参加。試合パンフレットでは男子選手で唯一の写真付き、しかも1ページ全面で取り扱われた。本番ではフリー(FS)でミスがあったものの、予想通りの優勝を果たす。宇野はジュニア卒業まで4シーズンかかったが、最高の結果を得てシニアに進んだ。
<最大の魅力はジャンプではなく>
ジュニアで苦労した分、シニアでの宇野のキャリアは順調な滑り出しだった。1年目にグランプリ・ファイナルで3位に入ると、2年目は4回転フリップや4回転ループもプログラムに組み込んで全試合で表彰台に上った。平昌五輪のあった3年目の2017-18年シーズンは、すべての試合で1位か2位。平昌五輪は銀、世界選手権は2年連続で銀を獲得した。
シニアに進んでから最初の五輪までを順調に終えた宇野は、羽生結弦やネイサン・チェンといった強力なライバルがいるものの、世界王者になる日はそう遠くはないと見られていた。次の2018-19年シーズンは、世界選手権こそ4位だったものの、残りの試合は2位以上。全日本選手権では負傷しながらも三連覇し、ケガが再発した四大陸選手権ではルール改正後のFS歴代最高得点を更新して、自身初のチャンピオンシップのタイトルを獲得した。
現在、4種類5本の4回転ジャンプをFSに組み入れている宇野は、2019年当時も多種類の4回転ジャンプを飛べる選手だった。だが、宇野選手の長所と言えば、ジャンプというよりも、氷に吸い付くような抜群のスケーティング技術と身体を大きく使った表現である印象が強い。とりわけ、伸ばした手が想像よりもさらに伸びて、その先にある何かを掴もうとするような余韻のある仕草に、心を揺さぶられるファンは現在でも多い。宇野は自身の演技について、「曲のストーリーを表現しているのではなく、流れる音にその時の感情をぶつけている」と説明する。
<「物足りなさ」の正体>
一方、この頃から目立ってきた惜しいと感じる点に、シニアでプログラムに4回転ジャンプを多数組み入れるようになって、ジャンプ後に余韻がなくなったことがある。
宇野のジャンプの高さは、決して高くはない。たとえば、トップ選手ならば必ず試合で飛ぶトリプルアクセルの高さを2019年世界選手権SPで比べると、羽生結弦の69センチ、ネイサン・チェンの60センチに対して、宇野は50センチ程度だ。
宇野は空中での回転の速さで4回転ジャンプを成功させていた。持ち前のスケーティングのスピードを活かして勢いよく飛び上がり、素早く高速回転をして降りて、すぐに次の動作に移る。それでも回転不足はほとんどなかったし、点数は出ていた。だが、ジュニアあるいはノービス時代の伸びやかな演技を知っている者から見ると、物足りなさもあった。
<「世界一になる力がある」──ランビエールコーチとの二人三脚>
2019-20年シーズンは、今年の世界王者獲得につながる大きな転機があった。5歳から師事していた山田、樋口両コーチのもとを離れることになったのだ。これは山田コーチから「新たな挑戦」のために持ちかけられたもので、山田コーチは過去に同じ理由で浅田真央選手も手放したことがあった。
宇野は単身でロシアに渡り、平昌五輪女王のザギトワ選手らを育てたエテリ・トゥトベリーゼコーチ主催の夏合宿に参加したが、コーチ契約を結ぶまでには至らなかった。コーチなしで臨んだグランプリ・シリーズの初戦は、奇しくも3年後に世界王者となるフランスで行われた。この試合で宇野は8位。演技後にひとりで座ったキスアンドクライで俯き、顔を覆った。
後に、宇野は当時を振り返って「平昌オリンピックが終わってから、自分の成長や、オリンピック銀メダルをプレッシャーに感じるようになり、フィギュアスケートが『楽しい』ではなく『使命感』になってしまった」と語る。そんな彼が「残りのスケート人生を楽しく過ごしたい」と選んだのは、トリノ五輪銀メダリストで世界王者の経験もあるランビエールコーチだった。
ランビエールコーチは、現役時代はとりわけ芸術性を評価される選手だった。トップ選手の指導経験もなかったので、「宇野はジャンプ指導が得意なコーチに師事するべきだ」と選択を危ぶむ声も湧き起こった。
だが、ランビエールコーチは宇野に対して、技術よりも「気持ち」に寄り添って指導した。
宇野はメディアに対して、常に「自分はスケートが下手」と話す。謙虚で言い訳をすることを好まず、「自分のスケート技術を向上させて、良い演技を見せたい」と秘めた闘志を静かに燃やしている選手だ。周囲から助言を得ても、考え抜いた後に自分が納得しない場合は受け入れない頑固さがあるが、自分のためよりも自分の力を信じてくれるコーチやファンのために結果を出すことを意気に感じるタイプでもある。
ランビエールコーチは宇野に「世界一になる力がある」と言い続けた。「世界一になるには何が必要か」と問いかけ、宇野が「(高難度の)ジャンプ」と答えれば、今シーズンはFSの「ボレロ」を振り付けして与えた。プログラム内のジャンプ7本は4回転が4種類5本、3回転半が2本という世界屈指の難易度のプログラムを、宇野は「このワンシーズン通してこのプログラムを完成させたい。たとえどれだけ失敗して打ちのめされても、これをやりたい」と語り、ほぼ完璧に滑り切った世界選手権で念願の世界王者の称号を手に入れた。二人で採点を待ったキスアンドクライで、結果を聞いた後にランビエールコーチが「ありがとう」と宇野に対して頭を下げる姿は、二人三脚での今季の戦いを象徴するものだった。
<予期せぬコロナ禍の恩恵>
2020年の春以降、コロナ禍はフィギュアスケート界にも影響を与え、国際試合の中止や海外拠点での練習がままならなくなった。しかし、宇野にとっては悪いことばかりでもなかった。コーチのいるスイスではなく日本での練習が増えた宇野は、20年秋に靴の大改革を行った。使用するブレード(スケート靴の金属部分)を「小塚ブレード」に変更したのだ。
小塚ブレードは、元フィギュア選手の小塚崇彦が関わって開発された「金属塊から削り出された、つなぎ目のないブレード」だ。宇野選手は、高難度ジャンプが多い上に練習量も豊富なため、これまでは3週間ほどでつなぎ目部分からブレードが折れたり曲がったりして、靴を交換していた。新しいブレードは、4カ月ほど使い続けられるようになった。
さらに、2021-22年シーズンの前に、革靴部分も柔らかいものを使うことにした。従来は4回転ジャンプのためには硬い靴を使うのがよいと考えられ、革が柔らかくなると靴を新調するのが常識だった。スケーターは靴を替えるたびに「靴の調整をする時間」が必要となり、演技のための練習時間が削られていた。
だが、宇野の靴のメンテナンスを担当する橋口清彦は「宇野には柔らかい靴が合う」ことに気づき、結果として靴を替える頻度を減らすことができた。
宇野は2021年12月に「今シーズンは特にいろんな調整がうまくいき、すごい自分の思う練習ができている。大半を占めているのが、間違いなく『スケート靴』かなと思っていて」とインタビューに答えている。信頼できる靴を手に入れた宇野は、心置きなくハードな練習を積むことができたのだ。
<鍵山の存在が刺激に>
コロナ禍は、宇野に切磋琢磨できるリンクメイトももたらした。
2020年世界ジュニア選手権の銀メダリストである鍵山優真は、20-21年シーズンにシニアに上がるとシニア1年目にして世界選手権の銀メダリストになった。
宇野は、これまでは身近に世代や技量が似通っている好敵手がおらず、1人で練習することが多かった。コロナ禍で日本に足止めされて、中京大学のリンクで鍵山と練習することになった宇野は、「高め合う存在にあこがれていたのでうれしい。優真君の練習を見るたびに、今のままじゃ駄目だと向上心を刺激してもらっている」と語る。
2021-22年シーズン、宇野のジャンプの着地は改善された。以前よりも踏切で力みがなくなり、膝をうまく使った余韻の残るジャンプは、鍵山の影響も感じられる。北京五輪時よりも引き締まった身体になった宇野は、細身だとジャンプの回転軸がブレにくくなる効果も相まって高い出来栄え点(GOE)を積み重ねて世界選手権の優勝をものにした。鍵山も最後まで宇野と好勝負をして2位となった。
コーチ不在の苦戦から3年、宇野は「当時は終わりに向かってスケートをしていた印象でしたが、今はこれから何をなせるのか、スケートに期待を込めています。まだまだ成長できるのですが、その過程にある自分を見てほしいです」と語る。世界選手権後の直後に始まったアイスショーでのインタビューでは、「五輪3位、世界選手権優勝を背負っている演技ではなく、今年からシニアに上がるような気持ちで、新たにどんどん挑戦していくという演技を見せたい」と宣言した。
世界王者を獲得する過程で、スケート技術の向上、成績の追求、挑戦を楽しむことの並立をマスターした宇野は、一段高いステージに上ったと言える。現在24歳の宇野は、スタミナ豊富な「体力おばけ」としても名高い。28歳で迎えるミラノ・コルティナダンペッツォ五輪でも、日本男子フィギュアを牽引する活躍が期待できそうだ。
茜 灯里(作家・科学ジャーナリスト)
宇野選手は、小さい時から表現力に魅力のある選手として、10歳頃に浅田真央さんと一緒にアイスショーに出たこと事もありました。その時の演技を観て、高橋大輔の後を継ぐ選手は宇野君と感じていました。
早熟の選手でしたが、世界トップを取るのに7年かかりました。男子の技術レベルが爆上がりしましたので、仕方ないと思います。
コーチ不在時は、調子を崩していたので心配しました。
ランビエールコーチと共に二人三脚で歩んだ事が、彼をさらに上のレベルに引き上げたと思います。
小塚ブレードを使用していたのですね!やはり小塚ブレードは強度が高いのですね。良いブレードを開発してくれました~゚ヽ(;▽;)ノノ。
ありがとう小塚氏!
来季も期待しています。末永い現役生活も頑張って欲しいです。そして、どこまでも飛躍し続けて欲しいです。(^O^)
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