軽い風邪をひいてしまいましてお腹がすっかりゆるくなってしまいました。スーパーで買ってきたレトルトの雑炊がうまいうまい。知識としてしか知りませんけれども、雑炊といえば戦後の闇市や焼け野原をイメージ致します。あまりふだんは食べませんよね。今はもうお湯を沸かしさえすればすぐにでも食べることができますが、何も無かった時代にやっとありつけた雑炊はどんな味だったのでしょうかね。
少年たちによる歯止めのきかないいじめ、というよりは殺人にまで発展してしまう暴力猟奇事件、その衝動。地位も名誉もある方の転落。芸能界での解散や不倫騒動。中国経済の失速。北朝鮮の弾道ミサイル。南朝鮮の反日教育。日本に住んでいる朝鮮の血を引く人々の動向とその思い。ヘイトスピーチと。
日本は平和だとはいいますけれども、その基盤が盤石とはとてもではないが言い難く、幸福を享受している層の陰で今日も貶められている若い世代の実態があります。
このブログでは童謡を振り返ることによって、日本が失いつつあるもの、失ってしまったものを感じてきたのですが、さらにそれがより色濃く表れているのが軍歌でした。
人類の歴史において戦争がなかった時代があっただろうか?と。殺し合いや侵略が起こらなかった時代があったのだろうか?と。常に世界のどこかで様々な紛争の絶えることがない。そしていつもいつも弱者は理不尽な搾取や辱めに対して為す術も無く受け入れるしかない。不条理な現実に流す涙が枯れることがない。迫り来る他国の脅威から大切なものを守るためには戦わざる得なかった人類の血塗られた歩みがあります。
英霊とは、他者を救うために命を賭した人々に与えられる敬称ですけれども、先の戦争で若い命を止むに止まれず桜の花のように散らして行かれた方々が、もし死後も魂の存在として在り続けているとしたら、どのような心境、心情であられるのか?
そして戦後経済的復興は遂げたけれども現在の日本の国状を眺めた時にどのような思いが胸に込み上げてくるのだろうか?と思うのです。
もしかしたらですが、この世からだけ戦争を眺めれば、そこにあるのはこの世の地獄絵図でしかない。けれども家族を思い、国を想い、命を捧げるような心境にあった人々があの世から見るならば、この世での経験は忘れがたく、肉親への想い、故郷への想い、生きていた時間への想い、それは自分の命と引き換えにしても惜しくはない、とてもかけがえのない強烈に魂の奥底に刻まれた体験なのかもしれないと夢想致します。つまり戦争自体は理不尽で不条理なものでしかないけれども、体験としては無駄にはなっていないのではないだろうか?と思うのです魂にとっては。
明治維新=朝鮮の民によるクーデター説
さてなぜにアジアの近隣諸国とは関係がこうまでねじれてしまっているのでしょうかね?戦後のいきさつと言えばそれまですけれども、たとえばネット上の情報としまして「伊藤博文が孝明天皇を殺害し、山口の乞食を孝明天皇のご子息と入れ替えて、明治天皇と偽証させた。」というものがあります。現天皇陛下も朝鮮の民ならば、政治家もヤクザもマスコミも朝鮮の民に支配されているという情報です。この説によりますと話は明治維新にまで遡ります。戦後からではありません。
徳川将軍家が没落しまして、政治経済社会が明治帝のもと天皇親政に戻ったと。そのきっかけを作ったのが薩長同盟なわけですが、彼らこそ当時エタと呼ばれていた朝鮮系の民で、薩摩藩=鹿児島県、長州藩=山口県には同じ「田布施町」なる名前の町があり、彼らはその部落出身者というのがその根拠のようです。つまり被差別部落によるクーデターが根底にあったというわけです。
・山口県の田布施町出身の有力者(※敬称略)
伊藤博文、 幸木戸一、 宮本顕治、 河上肇、難波八助、松岡洋右、安倍源基(終戦時の内務大臣)、賀屋興宣。岸信介、佐藤栄作、安倍晋三(田布施一味の末裔)
・鹿児島の県田布施町出身の有力者(※敬称略)
東郷茂徳(終戦時の外相)、小泉純也(小泉純一郎の父)
もちろん真偽の程は判りかねますけれども、あってもおかしくない話ではあります。さらに彼らの背後には、ロスチャイルド系のユダヤの民の陰があるそうです。一つの情報です。
反日感情の裏にある意外なものとは?
名越二荒之助(なごふたらのすけ 1923年3月14日 - 2007年4月11日)
(日本の学者、評論家。保守派の論客。元高千穂商科大学教授。元イオンド大学非常勤講師)
という方の興味深い貴重な記述がありますのでここにメモしておきます。
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(日本の学者、評論家。保守派の論客。元高千穂商科大学教授。元イオンド大学非常勤講師)
という方の興味深い貴重な記述がありますのでここにメモしておきます。
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戦後日本は次第に中、韓両国から内政干渉をされてきました。 教科書問題から最近は靖国神社まで。私は特に韓国には度々行きますので親しい人が多いのです。 自宅を訪問した時などには本音を聞かせてくれます。彼らは日本が恐ろしいのです。彼らは言います。 「今はおとなしく、呆けた格好してお詫びばかりしているが、『世をしのぶ仮の姿』で日本人が本当に目を覚ましたら恐ろしい。 あれだけの大戦争をやって最後まで戦った。太平洋からインド洋にかけて、あんなスケールの大きい機動作戦を敢行した民族はこれまでいなかった。 日本人が目を覚まして本気になったら何をするか判らない。靖国神社は日本人に内輪ゲンカをさせるのに格好の材料だ。日本人が一つに団結したら何をするか判らない。内輪ゲンカをさせておかねば、枕を高くして眠れない」と。私が「毛沢東は朝鮮戦争の時、韓国に侵略したではないか。なぜ中国に抗議しないか」と言うと、「中国は強し怒るから、できない。しかし日本人はすぐにお詫びする。いつまでも頭を押さえておかねば危ない国だ。日本人の魂を 眠らせておく必要がある。日本人に教えてあげよう。中韓両国に文句を言わせない方法がある。それは日本がもっと強くなることだ。日本人が強くなったら韓国はみんな親日に変わるよ。かつての日韓がそうであったように」と。
(※引用終)
戦後繁栄のかげで大和撫子は何処へ行った・・・
素直な心で軍歌を聴くならば、戦意高揚のための歌といいますけれども、現在では失われてしまった、あるいは眠っているのかも知れませんが、気高い精神性を感じることができます。もちろんそれだけではなく、日本人の全体主義と云いますか、猪突猛進する危うさも同時に感じてしまいますけれども。
ときおり芸能界の醜聞が聞こえてまいりますよね、そこが朝鮮の民に支配されているかどうかは横に置くとしましても、暴力と犯罪行為の巣窟のような魔境になっているようです。華やかなアイドルやタレントさんに憧れるまだ何も知らぬ若い世代が、その毒牙のターゲットにされております。
薬物使用にも共通することですが、初めは軽い好奇心です。軽い気持ちでスカウトマンと契約してしまい殆ど無報酬でいかがわしいビデオ撮影されてしまう深刻な被害があります。手口は法の隙間をかいくぐって巧妙化しております。
大和撫子という言葉も愛国心という言葉も、大和魂という言葉ももはや死語になってしまったかのようです。なにも清く生きて結婚までは純血でいて愛する人に操を捧げるべしという観念をもっているわけではないのです。自分の選択ならば、芸能界であれ、キャバクラであれ、ストリップであれ、AVであれ逞しく生きればよいと思っていますが、そういうことではなくて、本人の無知と困窮に乗じる形で契約締結させる手口が悪質なのです。先方には弁護士を付けていることもあります。違約金要求や様々な脅迫によって、相談する術もなく泣く泣く惨い企画に出演させられてしまうのです。
ひとたびAV・ポルノOKにチェックを入れようものなら、拒絶の権利は条項には当然ありません。周到に契約書条項は用意されていますから。表面上は「タレント契約」「営業委託契約」になっております。契約を無効にはできず高額な違約金を請求される仕組みになっています。
騙される女性も、騙す側もどちらも地獄。不幸にして契約させられてしまったら、死にものぐるいで助けをもとめなければなりません。なりふり構っている場合ではありません。
迷走している大和魂と愛国心
なんで世間を知らない女子をたぶらかして辱めて金儲けして、そんな事ができてしまうのでしょう?人間として最低級の行為です。つまりそれまで根本においていた精神を失ったならば、そこは奪い合う社会になってしまってそれが当たり前なのであり、疑問すら抱くことがなくなってしまうという事なのです。日本社会は競争原理によって動いているのではなく、搾取社会であるというわけです。
われわれ戦後世代は大和魂という言葉を聞いたことはありますけれども、それが何かを知らないし、知ろうとする前にそれは危険な言葉というフィルターがすでにかかってしまっておりますしね。
近隣諸国の方々が、日本人を眠れる獅子にしておきたい理由は、日本がかつて牙を剥く危険な獅子であったからでしょう。逆に考えますと、日本人が本当の大和魂や愛国心に目覚めて、心の中の悪しき獣を追い払い、真の平和を望む民族になるならば、それは歓迎されるのだと思われます。
<大和魂>の初出は万葉集だそうです。
そしてそれは、
<漢才>=<漢学に熱中する学問馬鹿の男>に対する言葉で、
<大和心(魂)>=<四季を愛する女心>というものです。
元々は、自然を愛し慈しみ、調和する心。それは大自然から学ぶ心のはずです。
もののあられを感じるわびさびの心であり、育てる母性を尊ぶ心でしょう。
知識や学問は中国から入ってきましたが、それを基盤としながらも日本の実情に合わせて政治や生活に応用していくその根幹に置いたのが元々の<大和魂>だったようです。
それが戦時中に戦意高揚のために意味が変容していったようです。
つまり言葉は生きておりますから、日本人は未だ本当の意味での大和魂を国民性として実現していないのです。
中国儒教の徳目に習って<大和魂>の徳目を記せばこうなるかも知れません。
<和>=自他をわけず争わぬこと
<誠>=まごころを抱く嘘偽りのない心
<潔>=焦点を定めた迷いのない心
<清>=私利私欲をはなれた執着しない心
<情>=自分のことのように他に心を重ねること
<尽>=すべてを出しきっても惜しくない覚悟
<根>=持続する不退転の意志
<誉>=恥とは何かを知り礼節をわきまえる心
<愛>=かけがえのないものを大切にし育てること
日本からスタッフを招いて怪獣映画の大作を作った北朝鮮や日本のアニメを親しんでいる韓国が本当に日本人のことを心底嫌いなのだとは思えないところがあります。金正日は日本人だとする話まであります。
いえそもそも日本人とは何なのでしょうか?
聖徳太子さまも渡来人であったという説もありますよね。古来より日本は様々な民族のるつぼなのであって血はすでに混じり合っているような気がしています。
天皇陛下がすでに朝鮮の民とすり替わっているのですか。とても厳しいお話ですよね。
けれども思えばユダヤの民も、エタ扱いされていた朝鮮の民の部落のクーデターもそれはそのような差別する理不尽な社会構造から端を発している。彼らからすれば何としても生き延びるしかなかった。人類の歴史は全て食うか食われるか弱肉強食の地獄の道を歩んできました。それは人の道ではありません。動物以下の獣の道であります。それが子ども達の凄惨な事件や、AV業界の在り方の中などに表れていて、われわれは苦しんでおります。
日本における凶悪犯罪の多くは朝鮮の民であるという指摘もありますけれども、そのように追い込んでいるのは日本に蔓延している病んだ空気であり、大切なことを見失っている日本の風潮があるからではないのだろうか?
歴史の経緯をあれこれ詮索し反目していても何も根本的には解決しません。少なくとも反日感情や反日教育に敵対して感情的な反発をしていても溝は深まるばかりです。
天皇陛下が仮に朝鮮の民であっても関係ないのです。血ではないでしょう。日本人とは日本に住み日本を愛するものたち。日本文化の申し子。それでよいのではと。日本という器は、民族主義を超えることを願いとして世界の雛形として置かれているのではないでしょうか。大切なのは不幸な歴史の経緯ではなく、闇を光に転換できるチャンスの<今>なのです。
<日本に住むものが日本人としての望まれる精神性を獲得すること>が先決です。
哀しく痛ましい事件のあれこれを根本的に解消する道は、遠廻りであってもそれしかないでしょう。朝鮮の民と日本人が手をつなぐことが世界を平和に導く大きな鍵だと思われます。日本に住む朝鮮の民も日本の民も差別なく一つになるべきなのです。
と云いますか差別をしているのは人間の心なのであって、血や遺伝子に区別はあっても差別はないはずなのですけれども。




























