Theatre of the Oppressedの
クラスの最終課題として
フォーラムシアターを
1日目で台本作り、キャスティング、演出までこなし
2日目にフォーラムシアターを実際に行いました。
たった2日の間に
何度泣いて笑ったか分かりません。
アイデアがあるのに
その根の部分までをしっかり説明できない
自分の不甲斐無さに泣いたり
何度も詰まってしまう自分の
英語力を嘆いたり
落ち込んでばかりはいられないので
自分を奮い立たせて
とにかくがむしゃらに取り組みました。
フォーラムシアターというのは
皆さんがご存じのお芝居とは異なります。
芝居の中に必ず問題がちりばめられています。
そのお芝居の結末は
観る人にとって納得のいかないもので
モヤモヤが心に残るようなものになっています。
他の違いはというと
「観客のみなさんもステージにあがる!」
という事です。
観るだけの芝居ではなく
考えて行動に移す!!!
その行動を実際にお芝居の中でためしちゃおう!!!
というお客さん参加型のお芝居です。
大きくは2部構成になっていて
第一部
通常の芝居が役者によって行われます。
第二部
芝居が行われている途中で観客が
「この部分はおかしい!!!私ならこうする!!!」
と思ったら
「ストップ!!!」
と叫んでお芝居を一時停止する事ができます。
そしてその観客がステージにあがり
そのアイデアを実際に舞台上でためす事が出来ます。
フォーラムシアターには
Jokerーー進行役
Forum Actorーー役者(protagonist, antagonist, potential ally)
Spec-Actorーー観客(による即興芝居)
という役割が存在します。
観る人がSpec Actorになるのですが
「お芝居をする」技術は全く必要ありません。
こうして色々な人の考えや
立ち振る舞いをこの芝居の中で見る事によって
「あ、こんな考え方もあるんだ!」
「なるほど。こういう風にもできるのか。」
「いや、私なら絶対にしないな!」
などの色々な新しいものの見方を
得ることができるというのがこの
フォーラムシアターの利点です。
私自身、今までの参加したフォーラムシアターは
なんだか納得のいかない
心に響かないものだったので
ずっと疑心難儀だったのですが
今日、他のグループのフォーラムシアターに
Spec Actorとして参加している時に
久しぶりに心を揺さぶられる瞬間がありました。
Theatre of the Oppressedの父である
August Boalは
"this is a rehearsal for revolution."
だと言っています。
何かを変えようとするには
人の心を揺さぶるような
強い何かが必要で
その一つの道具として
フォーラムシアターが存在するのだと
今日、確信しました。
ここまでつらつら書きましたが
言葉で説明するのは難しいです。
日本ではどのような形にしていくべきなのか
また、どのような問題がどの地域で扱えるのか
この二点についてこれから考えていきたいと思います。
↓フォーラムシアターの例