映画にとって生命線となる脚本。
その重要性は映画の成功の成否を担っていると言っても過言ではありません。
かの黒澤明監督は「良い脚本からは良い映画も出来るし、悪い映画もできる。だが、悪い脚本からは悪い映画しかできない」と言っていました。
映画の核となる脚本が良くないと何も始まらないということですね。
そういった哲学は、黒澤監督の作品作りにも反映されています。
黒澤組の脚本作りは、3~4人で作られています。
普通目にする作品は、脚本家が一人か、いても二人ですよね。
多数で脚本を作ると言うのは普通考えられないのですが、黒澤監督はあえてこのやり方を取りました。
なぜかと言うと、脚本は楽譜のようなもので、書き換えが出来る。
複数の良いセルフ、ト書きを集めてパワーを集約することが出来ると言うことです。
複数の良いセルフ、ト書きを集めてパワーを集約することが出来ると言うことです。
小説とは違う脚本の映画の設計図であるという特長を利用した制作方法でした。
複数の良い視点をたくさん入れられるのは確かに作品を作るのに有利になりますが、危険もあります。
書いた脚本が選ばれなかったら脚本かの精神的なダメージが多くなり、共同作業するのに険悪な空気になることもあります。
良いやり方の反面、リスクも大きいということですね。
黒澤監督の手腕が無ければ成り立たないようなやり方のようです。
