今回は、小説「キャンコロトンの森」の最終章です。

 

 

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第15章 一別

 

 次の日、フィーダはタットたちとともに早朝に起き出し、シャウィーとアンダリとともに、最後の楽しい会話を交わした。

 

 しかし、フィーダたちがいくら誘っても、タットはふてくされて、絶対に会話に入ろうとしなかった。

 

 

 ウォーム・フォレスト(暖かい森)での一件以来、シャウィーとフィーダとアンダリは、すっかり打ち解けていた。

 

 やがて、フィーダはいよいよ出発することにした。両親が起きだす前に家を出たかったのである。

 

 その前に、フィーダはタットにキスを落とした。しかしタットは無反応だった。

 

「じゃあね、タット。愛してるわ。」

 

 フィーダが心からそう言っても、タットは何も言わなかった。フィーダはそっとため息をついて、シャウィーとアンダリにだけ手を振ると、背を向けて歩きだした。

 

 シャウィーとアンダリは、タットを見た。するとタットは、フィーダの小さな背中だけをまっすぐ見つめて、二、三歩、歩を進めた。そして、

 

「行かないで。」

 

 フィーダの、華奢な腕をつかんだ。タットにしては強引で、力が強く、フィーダは驚いて振り返った。

 

「もし遠く離れてしまったら、僕はどうやって君を守ればいい? もし地震が来たら? もし戦争が起きたら? どうするんだよ!」

 

 珍しくタットが声を荒らげたが、次の瞬間、それに負けないほどの大きな音が、痛々しく空に響いた。シャウィーは、思わず顔をしかめた。アンダリは、そっと目頭を押さえた。

 

「うるさい。」

 フィーダはタットをにらみつけて、低い声でそう言った。

 

 ひりひりと痛む頬を押さえて、タットはフィーダを見た。

 

 

「私がわがままなのは、ほんとうに申し訳ないと思ってるわ。ごめんなさい。

 

 だけど、そのことと、地震だの戦争だのは別の話でしょ? そんなの、この家にいたって、いつ来るか分からないわよ。明日、世界中がめちゃくちゃになるかもね。明日、世界が焼け野原になるかもね。誰にも分からないわよ。

 

 あんたが私を守る必要なんてない。あんたは、もう充分すぎるほど、たくさんの大切なものを私に与えてくれた。

 

 私はあんたと互いを守り合う関係であっても、あんたに守られるだけの女じゃないわ。」

 

 

 そこでフィーダは、ふっと頬を緩めて、タットの両手を握りしめた。

 

 

「それに、ほんとうに私を愛してるなら、私がミイラになってもゾンビになっても、愛してくれるでしょ。」

 

 タットはハッとして、目を見開いた。

 

「…そうだよ。」

 

 タットの目に、みるみるうちに涙があふれてきた。

 

 

「そうだよ、フィーダ。何があっても君を愛してるよ。当たり前じゃないか。」

 

 そう言い終えるか終えないうちに、ふたりはかたく抱き合った。そして、それだけでは到底足りずに、もう一度抱きしめ合い、深く深くキスを交わし、手を握り合った。

 

 タットとフィーダは、互いを見つめ合った。四つの瞳に、真珠のような涙がきらめいている。ふたりは、一緒にふふっと笑った。

 

 やがて、タットはフィーダの手を離した。フィーダの細く小さな手は、恋人の大きな両手を抜けて、空気の中へと滑り落ちた。

 

 そして、その手をそのまま上げて、にっこりと笑った。

 

「それじゃあね。」

 

 タットとシャウィー、そしてアンダリは、「それじゃあね。」と、同じ言葉を返して手を振った。シャウィーとアンダリの瞳にも、小さな真珠がきらめいていた。

 

「タット。」

 

 まだ不安そうな顔をしているタットに、フィーダは愛情をたっぷり込めて、そっと呼びかけた。

 

「大丈夫、たまには帰ってくるから。」

 

「うん。」

 タットは涙をふき、笑顔でうなずいた。

 

 フィーダも、笑顔でうなずいた。フィーダは最後にもう一度、三人の友に手を振って、自分が選んだ厳しい道を、しっかりとした足取りで歩んで去っていった。

 

 

 

 

 どんどん小さくなるフィーダの背中に、タットはまた、自分が不安そうな顔をしていることに気が付いた。

 

 フィーダは振り返らない。しかし、心の中ではいつまでもタットと抱きしめ合ったままで、涙を流しているのだと、彼にはちゃんと分かっていた。

 

 

 シャウィーとアンダリは、顔を見合わせた。そして、シャウィーは眼鏡をクイと押し上げ、遠慮がちに少し歩いて、兄の肩に手を置いた。

 

「大丈夫さ、タット。たまに帰ってくるって、あいつも言ってたじゃねえか。」

 

 シャウィーは、いつもの無愛想な態度からは想像できないような優しい顔で、愛する兄にうなずいてみせた。

 

 タットは、愛する弟に微笑んだ。しかし、タットはこう言った。

 

「いや。あれはたぶん、うそだよ。」

 

 シャウィーは、驚いてタットを見た。アンダリも、息を詰めてこちらの様子をうかがっている。

 

「それでも…。」

 

 タットはそう言って、目の前の道に目をやった。フィーダの姿はほとんど見えず、天使のラッパのような色の美しい髪の筋が朝日に照らされて、ちらちらと見えるだけだった。

 

 その光に永遠の思いを馳せて、タットは爽やかな笑顔で空を見上げた。空はどこまでも大きく、どこまでも広かった。

 

 夏の涼しい風が、少年たちの髪を揺らして、何も知らぬまま吹いている。

 

 〜The End〜