こんにちは、あすなろまどかです。
小説「キャンコロトンの森」の連載を再開します。
今回は、第6章です。
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第6章 会話
「フィーダ。」
タットは、歩いていた。霧のかかった、広い森の中を。
「フィーダ!」
愛するフィーダを探して。
「フィーダ! どこにいるの?」
すると、向こうの高い木の枝の上に、美しい黄金の髪を風になびかせている女を見つけた。
「そこにいるんだね、フィーダ! ああ、良かった。」
フィーダは、タットに背を向け、深くこうべを垂れて座っていた。タットは、もう一度フィーダの名を呼んで、自身も枝に登って、彼女のそばに並んで腰かけた。
「なんの用?」
フィーダは、厳しく冷たい声で聞いた。フィーダはタットに顔を見せずに、そっぽを向いている。こんなときは、泣きだしそうなときなのだと、タットにはちゃんと分かっていた。
「君を愛してる。」
タットは、うつむいて言った。フィーダが自分の方を向いたのを、タットは感じた。
「ほんとうに?」
「ほんとうに。」
フィーダは、ひと呼吸置いた。それから、口を開いた。
「私、あんたはアンダリを好きになったのだと思ってた。」
タットは、思わずかっとなって、怒鳴りかけた。
「なんで! 浮気はしてないって言って_」
「分かってる。」フィーダが、タットの言葉を遮った。「あんたは浮気はしない。そうじゃなくて_もう私に興味はなくなって、アンダリに惹かれ始めてるんだと思ってた。」
「どうして、そんなこと思うの。」
タットは、フィーダの方を向いて尋ねた。フィーダはまた、そっぽを向いてしまった。
「僕が愛してるのは君だよ、いとしいフィーダ。」
タットは、フィーダの華奢な手を握って、心から言った。すると、フィーダはそっぽを向いたまま、すすり泣き始めた。
「だって、だって_アンダリが家に来てから、シャウィーはすごく上機嫌になって、パパとラチルドさんはアンダリにばかりかまうようになったんだもの。
そりゃそうよね、ええ、分かってる。こんなふうに陰気で、性格が悪くて、ひねくれ者の女なんかより、アンダリみたいな素直ないい子が愛されるのは当然なのよ。
私、あんた以外の誰に愛されなくてもかまわないわ。でも、あんたが私を愛してくれなくなるのは耐えられない。自殺しちゃう。
あんた、誰にでも優しくて、誰のことも好いているように見えるから、ときどき不安になるのよ。ほんとに死んじゃうからね。あんたが私じゃなくて、もしアンダリを愛したら_」
フィーダの言葉は、そこで途切れた。タットに、きつく抱きしめられたからだ。
「ねえ、どうかそんなこと言わないで、フィーダ。お願い。」タットの声は震えていた。「僕は確かに世界中のみんなが大好きだよ。でも、愛してるのは君だけなんだ。アンダリでも、他の誰でもないよ。どうか、そのことを分かってほしい。信じてほしい。愛してるんだ。いつまでも、いつまでも。」
タットの切実な言葉に、フィーダは、タットに屋根裏部屋で告白された雨の日や、タットに花畑の中で愛の言葉を与えられた日を、走馬灯のように思い出した。
そうだ。タットはあのときも、優しく、一途で、誠実だった。そんな彼を、私も愛したのだ。なぜ忘れてしまいそうになったのだろう。私は馬鹿だ。とんでもない大馬鹿だ。
フィーダは、タットに負けないほど、強く強く、タットを抱きしめた。彼の内側にある魂のかけらまで、誰にも奪われないように、むしり取るように爪を立てて抱きしめた。
「私も、いつまでもいつまでも、愛してるわ。いとしいタット。」
その頃、シャウィーとアンダリは、小屋を出て森の中を散歩していた。
「見てて。」
アンダリはそう言うと、ぴゅうっと、短く、鋭く口笛を吹いた。それからバサバサという音がしたかと思うと、あっというまに白いオウムが飛んできて、アンダリの左肩に止まった。
「この子、スノーボール。」
『コノコ、スノーボール。コノコ、スノーボール。』
スノーボールというオウムは、アンダリの言葉を繰り返して、ときどき首をかしげた。シャウィーは思いがけず心を和ませながら、「可愛いな。」と漏らした。
『カワイイナ。カワイイナ。』
スノーボールは、シャウィーの言葉を真似た。シャウィーとアンダリは、顔を見合わせて微笑み合った。
アンダリの笑顔を見て、シャウィーはふと思った。この子の幸せは、一体なんなのだろうと。
「アンダリ。」
シャウィーが呼びかけると、アンダリは「ん?」と首をかしげた。スノーボールも「ン?」と真似すると、またバサバサと音を立てて、森のどこかへ飛んでいった。
「アンダリ。あんたの幸せって、一体なんだ?」
「私の幸せ?」
アンダリは聞き返した。シャウィーはうなずいた。
アンダリは、迷うことなくこう答えた。
「温かい家庭を持つことよ。」
アンダリはそれだけ言って、シャウィーの返事を待った。その間に、アンダリはその場に座ったので、シャウィーもそばに並んで座った。
「温かい家庭?」
シャウィーは聞き返した。うん、温かい家庭、とアンダリは返す。アンダリの微笑みが、ひだまりのようにシャウィーの心に広がった。
それからしばらく、ふたりは何も言わなかった。ただ、そばに並んでじっと座って、言葉では上手く言い表せない、ぼんやりとした幸せを感じていた。
やがて半時間ほど過ぎたとき、アンダリは立ち上がると、お尻についた草や葉っぱを払い、小屋の方へと歩き始めた。
その頃には、日は沈み、夜が来て、美しい黄金の三日月が、少し首を傾けて空に眠っていた。シャウィーもアンダリを追いかけて、歩きだした。
「なあ、あんたの幸せって、ほんとにそれだけか?」シャウィーは聞いた。「他にはないのか? 金が欲しい、とか、自由が欲しい、とか。」
「そんなものないわ。お金も自由もいらない。温かい家庭がまたできるなら、他に何もいらないもの。」
シャウィーは眉を寄せて、「ふうん。」とつぶやいた。シャウィーは、そんな無欲なアンダリを素敵な人だと思いながらも、どうしても理解できないのだった。
「ねえ、シャウィー。」
アンダリは突然立ち止まると、シャウィーの方に振り返った。銀髪が揺れた瞬間、シャウィーは世界が変わったのかと思った。若葉色の瞳の中には空にのぼった三日月が浮かんでおり、ほんとうに美しかった。
「もしあなたと温かい家庭をつくれたら、私、それ以上の幸せはないわよ。」
アンダリの言葉に、シャウィーは目を見張った。頬がみるみる赤くなる。
「本気で言ってんのか? 俺なんかでいいのか?」
アンダリの瞳の中の月が、きらりと輝いた。
「ほんとうよ。」
〜第7章へ続く〜