今回は、小説「クリムルーレの花」の続編「キャンコロトンの森」の第5章です。

 

 

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第5章 小屋

 

 結局、それから何日間か、アンダリはクリムルーレ家に泊まった。

 

 帰ってきたケットとラチルドに礼儀正しく頭を下げ、大人ふたりからの人気をすぐに得た。一家に馴染み、タットやシャウィーたちと和やかにお喋りをする。

 

 

 フィーダはますます、このアンダリという女が気に入らなかった。

 

 彼女が来てからというもの、フィーダは屋根裏部屋か、ベル・フラワーフィールド(美しい花畑)か、バイト先の花屋でしか過ごさなくなった。

 

 家族と話したり過ごしたりする時間は格段に減っていき、まるでフィーダが家を出てゆき、代わりにアンダリがやってきたようだった。

 

 

 そんなフィーダを、タット以外の誰も気にかけなかった。しかしタットだけは、愛するフィーダのことを大いに心配した。

 

 何度か屋根裏部屋や、ベル・フラワーフィールドや、花屋に顔を出し、近頃の調子を尋ねてみたりしたが、そのたびに、フィーダは不機嫌そうに美しい顔を歪めて、こう答えるだけだった。

 

 

「調子はとってもいいわよ。あの女がいなければ、もっと良くなるかもね。」 

 

 

 皮肉と怒りがこもったその言い方に、タットはしゅんとなってしまった。アンダリをフィーダに会わせたりしなければ良かった、と、タットは何度も後悔した。

 

 そんなタットとフィーダだったが、シャウィーとアンダリの関係は上手くいっていた。

 

 

 シャウィーは非常にアンダリを気に入っていた。彼女の優しさや穏やかさ、温かさに魅了され、四六時中、彼女につきまとっていた。

 

 普通の女なら少し距離を置きたくなってしまうほどだったが、アンダリは少し変わっており、シャウィーのそんな態度を非常に好んでいた。

 

 そんなわけで、タットとフィーダが恋人とのぎくしゃくした関係に頭を悩ませている間、シャウィーとアンダリの仲は順調に深まっていった。

 

 

 

 ある日、いつものようにベル・フラワーフィールドで花々を愛でていたフィーダに、タットは声をかけた。

 

「やあ、フィーダ。素敵な花だね。」

「なんの用?」

 

 フィーダは白いアネモネの香をかぎながら、そっけなく尋ねた。タットは頭をかいた。

 

「いや、実は、明日僕らは、ウォーム・フォレスト(暖かい森)に行くことになってさ。ほら、アンダリが住んでる森だよ。そこで、そのう…ぜひ、一緒に行かないかなって。」

 

 フィーダは、タットを見た。

「私に、あの女と過ごせって言ってるの?」

 

「ち、違うよ_ただ、僕、君がいないと寂しいからさ。」

 

 それを聞くと、フィーダは、ふっと悲しそうな顔になった。 

 

「私がいないと寂しい?」

「そうだよ。君がいないと寂しいんだ。」

 

 フィーダは、今にも泣きそうな顔でうつむいた。

 それからしばらくして、フィーダは再びタットを見た。

 

「分かったわ。行く。」

 

 タットは、目を丸くした。

 

「ほ、ほんと?」

 

「何? うそだって言ってほしいわけ?」

 

「い、いや、違うよ。ほんとに嬉しいよ、フィーダ。ありがとう。」

 

 そう言って、タットはフィーダの手を握った。フィーダは、ふわっと笑顔になり、タットの頬にキスをした。

 

 

 

 次の日、タット、シャウィー、フィーダ、アンダリの四人は、ウォーム・フォレスト(暖かい森)がある、ラネス海道にやってきた。

 

 そこは、フィーダの働く花屋とは反対方向に、汽車で一時間半、バスで三十分進むと着く場所だった。

 

 みんなでラネス海道をしばらく歩いていると、やがて深い緑が太陽にきらめく森に入った。少し進むと、そこには木でできた小屋があった。

 

 どうやらここがアンダリの暮らす家のようで、アンダリが鍵を使ってドアを開けると、木の優しい香りが四人の鼻をついた。中を見てみると、そこはずいぶんと殺風景だった。

 

 

「これがあんたの家? 質素なもんね。」

 

 中に入るなり、フィーダはアンダリの家を悪く言った。しかし、それはほんとうのことで、部屋のすみに小さな木の机といすとベッドがある以外は、何もないのだった。

 

「そりゃあ、そうよ。人生に必要なものなんて、きっといくらもないはずでしょう。」

 

 

 アンダリはそう答えて、微笑んだ。

 

 アンダリは、自分の思ったことを言って微笑んだだけのつもりだったのだが、フィーダには、アンダリが自分を馬鹿にして、あざ笑っているようにしか見えなかった。

 

 

 フィーダは怒りに震え、手をぎゅっと握りしめた。それを見たタットはこまったように眉を下げ、シャウィーは、また始まった、という顔でため息をついた。

 

 一年間、フィーダとひとつ屋根の下で暮らしてきたタットとシャウィーには、フィーダが怒ったときのぴりぴりとした空気を感じ取れるのだった。

 

 

 フィーダは何も言わずに、黙って家を出ていった。フィーダはひどいかんしゃく持ちで、ささいなことですぐに怒ってその場を離れるのだが、これでもまだ、ずいぶんとましになった方なのだ。

 

 彼女がタットたちと家族になってから二、三週間の間は、怒ればすぐに暴れて物を壊したりしていた。

 

 

「私、また失礼なことを言っちゃったのかしら。」

 

 フィーダが出ていってしばらくすると、アンダリは申し訳なさそうにそう言った。シャウィーは首を振って、

 

「いや、あんたは悪くねえよ。全部、あのかんしゃく持ちが悪いんだ。」

 

 と言った。

 

 タットは、家の扉を開けた。

 

「なんだ? 探しに行くのか?」

 

「うん。」シャウィーに聞かれて、タットはうなずいた。「いつもは、そっとひとりにしておくんだけど。今日は知らない森の中に行っちゃったから、迷子にでもなったら大変だ。もしかしたら、クマに食べられるかもしれない。」

 

「やらせておけよ。クマの腹の中でこなれりゃいいんだ。ヒステリーも消えるだろうぜ。」

 シャウィーのその言葉に、タットは頭の芯がかあっと熱くなった。

 

「大丈夫よ、タット。私は十七年この森で暮らしてきたけど、クマに食べられたことは一度もないわ。」

 

 アンダリはそう言ったが、言い終える頃には、タットは外へ出てしまっていた。

 

「タットは、普段は穏やかなんだがな。」シャウィーは、肩をすくめて言った。「あの女のことになると、神経質になっちまうのさ。」

 

 〜第6章へ続く〜