今回は、小説「クリムルーレの花」の続編「キャンコロトンの森」の第4章です。

 

 

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 前回の第3章はコチラ↓

 

 

 

第4章 談笑

 

 アンダリがトイレから帰ってくると、タット、シャウィー、アンダリの三人は食卓に落ち着いた。

 

「この家、とても素敵ですね。」

 家の中を見回して、アンダリは言った。

 

「なに、築五十年のボロ家だ。」

 

 シャウィーはそう言ったが、アンダリは、「あら。ちっともボロくなんかないですよ。」と、にこやかに答えた。シャウィーは、彼女がますます気に入った。

 

「ねえ、アンダリ。」タットが言った。「敬語なんか使わなくてもいいんだよ。僕ら、友だちだろう?」

 

「そうですか? ほんとにいいの?」 

 

「そうだよ、いいんだよ。」シャウィーも言った。「あんたとは、きっといい友人になれるな。」

 

「シャウィーこそ、敬語を使うべき立場だと思うけどね。アンダリより年下なんだから。」

 

 タットはそう言って、苦笑いをした。アンダリもふふっと笑って、こう言った。

 

「ありがとう。友だちになれたら素敵だと思ってたのよ。こうして、普通に話すわね。」

 

 それから少し三人で談笑したあと、沈黙の数分間がやってきた。

 

「…フィーダとアンダリを会わせたの、間違いだったかな。」

 不意に、ぽつりとタットがこぼした。シャウィーとアンダリは、タットを見た。

 

「…いや、フィーダはシェイが大好きだからさ。その娘さんと話せば、盛り上がって、友だちになれるんじゃないかなと思ったんだ。」

 

「完全に逆効果だな。」シャウィーは間髪入れずに言った。

 

「うん…。何がだめだったんだろう。」

 

「きっと、私の性格の問題よ。私の言動の何かが、フィーダの気に障ってしまったのよ。」

 

「いや、違うな。」

 タットとアンダリを、シャウィーは否定した。ふたりは、え、と言ってシャウィーを見た。

 

「あんなに独占欲の強い女はいねえからな。恋人も、好きな俳優も、自分のものにしたいんだろ。それで…アンダリ、あんたは悪くねえが…ああなったんだよ。」シャウィーはそう言うと、親指で屋根裏部屋をさした。「全くほんとに、あいつの性格はどうにかならないもんかな。」

 

 タットとアンダリは、顔を見合わせた。

 

「すごいわね、シャウィー。フィーダの気持ちが分かっちゃうなんて。」

 

「僕もそう思うよ。シャウィー、もしかして、フィーダと話してみたら気が合うんじゃないの?」

 

「よせよ。あんな女はゴメンだ。」

 

 

 そう言ったシャウィーの目は冷めていた。

 

 照れ隠しではなく、ほんとうにフィーダのことが嫌いなんだなあ、とタットは思い、シャウィーに対して怒りが湧いてくるとともに、フィーダを愛しているのは自分だけなのだと改めて確認し、満足感を得た。

 

 

「なあ、タット。なんでアンダリを連れてきたんだ?」シャウィーは、フィーダのことはどうでもよく、アンダリに興味津々であった。「浮気して、その子と一発遊んできたって言うんじゃねえだろうな。」

 

「浮気じゃないって言ってるだろ。」タットは、いらいらと言った。「僕にはフィーダだけなんだ。アンダリを連れてきた理由は、僕がラネス海道に行ってきたからさ。」

 

「ラネス海道? ああ、あれか。海に囲まれたちっちゃい町か。それがどうしたんだ?」

 

 

「そこにアンダリが住んでるのさ。僕はアルバイトをするフィーダに憧れてさ、僕も何かやってみようと思って、色々探してみたんだけど、結局いいのがなかったんだ。

 

 ラネス海道にも行ったんだけど、興味をそそられる仕事はなくてね。そして、ラネス海道に行ったときに、アンダリに出会ったんだ。」 

 

 

「私は、ラネス海道の中にある、ウォーム・フォレスト(暖かい森)っていう森に住んでるの。」タットに次いで、アンダリが話し始めた。「そこで、五年前から独りで暮らしてるの。

 

 お父さんはさっき言った通り、私がお母さんのお腹の中にいるときに死んじゃったし、お母さんも五年前にがんで死んじゃったし。

 

 友だちがたくさんいるから、まだ耐えられるけど、友だちがいなかったら、私は今頃、森の中で泣いてたわね。」

 

 

「じゃあ、五年前から家族がいないのか。」と、シャウィーは言ってから、ハッとしたような顔をした。「えっと。じゃあ、あんた、十二歳のときからひとりで生きてるってことか?」

 

「そうよ。でも、森には色々な食料があってね。お母さんから家事はひと通り教えてもらってたから、なんとか生きてこられたのよ。あとは、友だちに食べ物を分けてもらったりしてね。」

 

「すごい。しっかりしてるんだな。」

 

 シャウィーは笑顔で言った。アンダリは照れて、赤くなりながら「ありがとう。」と返した。

 

 タットは、少し驚いてシャウィーを見た。

 

 シャウィーは、アンダリと楽しげにお喋りしている。こんな弟の姿を見るのは、初めてに等しかったのだ。

 

 今まで、学校などで女子に話しかけられても、シャウィーは興味も関心もない、冷めた目をしていた。たまに笑顔で話すこともあったが、それはうわべに取り付けられた仮面のようなもので、目の奥には光がなかった。もちろん、フィーダに対してもそうである。 

 

 しかし、アンダリと話しているシャウィーは、ほんとうに楽しそうで、心から嬉しそうだった。

 

 タットは、弟の笑顔を微笑ましく見やりながら、頬杖をついてふたりの会話を聞いていた。しかし頭の片隅では、ずっとフィーダのことを考えているのだった。

 

 〜第5章へ続く〜