今回は、小説「クリムルーレの花」の続編「キャンコロトンの森」の第2章です。
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第2章 修羅
現在、タットは十八歳、シャウィーは十七歳、フィーダは十六歳である。フィーダは十六歳になった誕生日の日に、花屋でアルバイトを始めた。プレゼントは何もいらないと言い、ただ花屋で働くことを望んだのだった。
フィーダは花が大好きである。毎日のようにベル・フラワーフィールド(美しい花畑)に行き、隣町の花屋で忙しく働いている。
隣町と言っても、汽車で一時間半、そこからさらにバスで三十分かかる場所である。
アルバイトを始めてからのフィーダには、タットと過ごす時間はあまりなかった。それでも、フィーダは全く気にしていなかった。タットは誠実で優しいので、自分がいなくても怒ったりしないと思っていたし、ましてや浮気など絶対にしないと信じていたからである。
そしてタットは、まさにその通りの男であった。彼は、恋人と過ごす時間があまりないという、普通の男なら耐えられないようなことも、フィーダへの愛と優しさで耐えられた。
もちろんひどく寂しい思いはしたが、愛するフィーダが好きなことに時間を使えて、楽しく働けるなら、自分がどれだけ寂しい思いをしても構わないと決意できる、強い心があったのだ。
フィーダも、そんなタットを心から愛していた。
色々なことに興味があり、何かと目移りしやすいフィーダだが、どんなに他の男に優しくされても、どんなに他の男に言い寄られても、タットだけを愛して、誰も相手にしなかった。
そして家に帰ってくれば、必ず真っ先にタットの元へ向かい、必ず愛のキスを落とした。だから、タットもフィーダを信じ、耐えることができるのだ。
ある日、いつものように、フィーダが疲れてアルバイトから帰ってきた。今日はラチルドとケットの結婚記念日で、二人は遠くのホテルに出かけており、明日帰ってくるという。
そんなことを思い出しながらフィーダは扉を開けたが、フィーダの「ただいま」の声は呑み込まれてしまった。
自分の家に、知らない女がいたのである。
女はフィーダより少し背が高く、夜の月に照らされた雪のような、麗しい銀色の髪を持っていた。瞳は柔らかな若葉色をしており、その瞳の中心には美しいともしびがある。頬は白く、まるでガラスのように美しく透き通っていた。彼女は、食卓の、いつもフィーダが座っている席に座って、タットとお喋りをしていた。フィーダはショックのあまり、泣くことも怒ることもできず、その場に立ちつくした。
タットは愛するフィーダが帰ってきたことにすぐに気付き、「あっ。お帰り、フィーダ。」と笑顔で駆け寄った。正気を取り戻したフィーダは、近付いてきたタットの頬を、思いっきりひっぱたいた。
「痛っ。」タットはあまりの痛みに、頬を押さえ、床に転がりこんだ。「ちょっと、フィーダ。何するんだよう。」
「何するんだじゃないわよ、この裏切り者!」フィーダの瞳は、激しい怒りに燃えていた。海色の瞳はひどく荒れている。「あんた、浮気したのね! ええ、そうね。確かに私はアルバイトばっかりして、近頃は全くあんたと過ごしてなかったわよ! でも…」
「あの、ごめんなさい。」先ほどまでタットと談笑していた女が立ち上がって、頭を下げた。「この方の恋人なのですね。誤解させるようなことをして、ごめんなさい。でも、この方は浮気なんてしていません。私たち、ただ、お喋りしてただけなんです。」
「ただ、お喋りしてただけですって!?」一度ついたフィーダの怒りは、とどまるところを知らなかった。「じゃあ、どうしてあんなに距離が近かったのよ。浮気にしか見えないのよ!」
そのとき突然、タットがかなり強引に、フィーダの唇にキスをした。いつもはフィーダの了承を得て、優しく口付けてくれるタットが、こんなにも大胆なことをしたのは初めてだった。フィーダは困惑して真っ赤になり、これを見ていただけの女さえ顔を赤らめた。
「ねえ、信じてよ、フィーダ。君のこと、大好きなんだ。」
タットに切実な目で言われて、さすがのフィーダの怒りも鎮まった。
「わ、分かったわよ…。確かに、あんたはそんなことする男じゃないものね…。」
そう言うと、今度は女をにらんだ。
「で? 浮気相手じゃないなら、誰なの? この女。」
女は礼儀正しく手を組むと、答えた。
「私、アンダリ=キャンコロトンです。」
「…え?」
フィーダは、ぽかんと口を開けて、女を見つめた。
〜第3章へ続く〜