こんにちは、あすなろまどかです。


 今回は、小説「ジキルハイド」のスピンオフ作品「境リコ」の第6話です。


 第1話はコチラ↓

 



 前回の第5話はコチラ↓

 

 

 

第6話 リコと東堂

 

 リコの元に、ミミと東堂がやってきた。リコはミミが戻ってきたことにホッとしたが、同時に胸を痛めた。ミミは深くうなだれ、自分を責めているようだった。そんなミミを見ることが、リコは耐えられなかった。

 

「ごめんなさい」

 

 リコを見るなり、ミミは頭を下げた。

 

「東堂から聞いたの。赤ん坊はどうやって産まれるのか。あたしはどうして産まれてきたのか。リコが、どうしてあたしを孤児院に入れたのかも…」

 

 そう語るミミに、リコは胸を締めつけられるような思いがした。リコはたまらず、ミミを抱きしめた。

 

「もういいの。もういいのよ、ね」

 

 それから、リコは泣きながら、ミミに謝罪した。

 

「ミミ。あなたを手放したりして、本当にごめんなさい」

 

 ミミは、目に涙をためて、首を振った。

 

 それからは、リコもミミも東堂も、何も言わなかった。

 

 七、八歳の少女に、赤ん坊のつくり方と、自身が産まれてきた経緯、自身がたどった運命を知らせるのは、実に残酷なことだった。それが凄惨なものなら、なおのこと。

 

 

 

 ミミは、孤児院に戻ることになった。ミミは殺し屋をやめ、普通の子供になるのだ。裏社会ではなく、社会の子供に。

 

 そのことについて、ミミは過剰なほど心配していた。

 

「あたし、普通の子供になりたくない」

「どうして? 殺し屋を続けたいの?」

 

「違うわ、リコ。そうじゃないの。ただ、あなた…その…嫌いなんでしょ? 『社会のガキ』は」

 

 リコは、自分の言葉を思い出した。

 

 

 

「私、社会にいるガキは嫌いなの。でも、裏社会にいる子供は嫌いじゃないわ」

 

 

 

 ミミが、潤んだ瞳で自分を見上げている。リコは、ふっと微笑んだ。その瞬間、リコの胸の中に、何か温かいものが広がった。

 

「そうよ。私、大嫌いよ。『社会のガキ』は」

 

 一瞬間、リコが、母親の顔になった。

 

「でも、あなたのことは大好き」

 

 ミミはきょとんとした顔をしたが、すぐにホッとした顔になった。

 

「あたしもよ」

 

 

 

 別れる前に、リコとミミと東堂は、ドライブに出かけることになった。東堂の車の中で和やかにお喋りを繰り広げる三人は、まるで本当の家族のようだった。

 

 ミミの希望で、美容院に行ったりもした。ミミはリコと同じ髪型にしてもらい、満足そうにニッコリ笑った。その笑顔に、リコと東堂の顔も、思わずほころんだのだった。

 

 ドライブを続け、やがて、ミミがはしゃぎ疲れて後部座席で寝てしまうと、助手席のリコは東堂に声をかけた。

「すっかりミミのパパね」

 

「ええ? やめてくれよ」

 東堂はハンドルを握り直し、笑った。リコもつられて笑った。

 

 が、リコはすぐに真面目な顔になり、前方を見据えた。

 

「いえ、ほんとよ。…どんなに良かったでしょうね…もし、あなたが…」

 

 途切れたリコの言葉に、東堂はハッとしたようにリコを見た。言葉の続きは分かっていた。

 

 リコは東堂を見なかった。だから、東堂も前方に向き直り、運転に集中した。

 

「…俺も思うよ」しばらくして、東堂はぽつりと言った。「もし、君が…」

 

 こちらも、言葉が途切れてしまった。

 

 

 なんとなく気まずくなって、リコと東堂は、それから何十分も話さなかった。その沈黙を破ったのは、その何十分かを越えたのちに、リコが浅いため息とともに吐き出した言葉だ。

 

「こんなの、私たちに似合わないわね」

 

 東堂は、リコを見た。今度は、リコも東堂を見ていた。

 

「そうでしょ?」

 

 リコの言葉に、東堂もニヤリと笑った。

 

「ああ。そうさ」 

 

 それから、少し面白くなって、リコと東堂は賑やかに笑った。やがてその明るい笑い声で、ミミが目を覚ましたのだった。

 

 

 

 リコとミミは、東堂と別れることになった。

 

「スパイの仕事が入ったんだ。他の奴から頼まれてね」

 

 東堂は、そう言って笑った。リコとミミは「そうなのね」とうなずき、何事もないように振る舞ったが、三人は寂しくてたまらなかった。

 

 特に、ミミは東堂との別れを惜しんだ。リコと東堂は、殺し屋とスパイの関係なので、仕事でまた会うかもしれないが、ミミと東堂は簡単に会えるような仲ではないからだ。

 

「東堂。お仕事、頑張ってね」

 

 ミミはそう言って微笑むと、次に「しゃがんで」と指示をした。東堂が言われた通りにしゃがむと、ミミはその頬にキスを落とした。

 

 東堂が少し驚いてミミを見ると、ミミは切なそうに、だが、しっかりと笑顔を彼に向けた。

 

 東堂もミミに笑顔を向け、「ありがとう」と言った。そして、ミミの額と髪に口づけた。

 

 東堂は、次にリコを見た。ふたりとも、もう寂しげではなかった。

 

「リコ。その車、あげるよ」東堂は、そう申し出た。「ミミとのドライブに使って」

 

「本当にいいの?」リコは驚いた。「でも、ミミとのドライブももうすぐ終わるわよ。それに、車がないと、あんたがこまるでしょう」

 

「いや、いいんだ。他の車を買うから。…君に、愛車を渡したいんだ」

 

 そう言われて、リコは微笑んだ。「分かったわ」とうなずき、車のキーを受け取った。

 

「ありがとう」

 

 そしてリコは、先ほどまで東堂が座っていた運転席に乗り込んだ。座席とハンドルに、東堂の体温が残っていた。

 

 東堂は車から降りた。ミミは窓を開け、彼に向かって手を伸ばした。彼はその小さな手をそっと握り、それから離した。

 

 やがて、車は遠ざかっていった。東堂は、車が見えなくなるまでその場に立っていた。ミミと東堂は、いつまでもいつまでも、互いに手を振り合っていた。

 

 〜第7話(最終話)へ続く〜