こんにちは、あすなろまどかです。
今回は、小説「ジキルハイド」のスピンオフ作品「境リコ」の第5話です。
第1話はコチラ↓
前回の第4話はコチラ↓
第5話 真実
東堂は、リコに言った。
「だがね、リコ。君はもっとちゃんとミミに説明すべきだと思うよ」
「ええ、そうよね…だけど、なんて言っていいか分からなかった。だめね、私。頭がまるで回ってないの」
リコは苦笑したが、東堂は笑わなかった。真面目な顔でリコを見ている。リコの苦笑も消えた。
リコは再び、『十代のある日の夜』を思い出していた。そうだ。あの日、確かに私は男とセックスした…。
あの日の夜、リコは暗い夜道で恋人の到着を待っていた。恋人が来たら、少し遠くの繁華街でデートをする予定だった。
しかし、予定は崩れた。リコは突然、何者かに襲われた。そしてリコの同意なしに…。
少し時が経つと、リコは猛烈な吐き気を覚えた。意識が朦朧とする中、リコはあの日の夜のことを思い出せず、自分は病気なのだと思った。そして、病院で遺伝子検査を受けたのだ。だが、当然、遺伝子には何の問題もなく、がんなどの病気にかかっているというわけではなかった。その代わり、リコは妊娠を伝えられた。リコは驚き、自身の体を恐れ、検査キットで本当に妊娠しているのかを調べた。結果は、
「陽性…」
そのとたん、リコはあの日の夜を思い出した。
リコは嘆いた。涙は出なかったが、好きでもない男との子供が腹の中にいるという事実が気持ち悪く、猛烈な不快感を覚えた。リコが嘔吐を繰り返す中、腹の中の子供は着々と成長していった。
しかし、リコは子供を堕ろさなかった。子には何の罪もないと分かっていたからだ。リコがこれだけ優しくなれたのは、少なからず、まだ見ぬ自分の子に愛情を持っていたからなのかもしれない。
リコは子供を産んだ。名前はまだ考えていなかった。
だが、当時十代のリコに赤ん坊を育てることは難しかった。毎日を忙しく過ごしていた上、タイミングの悪いことに、父親が破産し、そのショックで父親が自殺してしまった。どうしても赤ん坊を育てる余裕がなくなり、リコが向かった先は、孤児院だった。
孤児院に赤ん坊を引き渡すとき、赤ん坊はリコの方へ手を伸ばして、一所懸命泣いた。だが、リコは赤ん坊に背を向けた。そして、去っていったのだ。
「…確かに、仕方なかったけどね」
リコは、静かに言った。
「あの子を捨てたことは事実だわ」
「俺から説明しようとしたんだけどね」東堂はため息をついた。「あの子の母が君だと言ったとたん、火がついたように暴れ出しちゃってね。制止の声も聞かずに、もうどうしようもない状況だった。
どうしようもない状況ってのは、生きてりゃ絶対あるもんだ。俺の声があの子に届かなかったのも、どうしようもないこと。君があの子を孤児院に入れることになったのも、どうしようもないこと。あの子はそれを知らなきゃいけないよ」
「そうかもしれないけど、」リコはため息をついた。「私からあの子に説明する勇気なんてないわ」
「いいよ。俺がもう一度説明するから。この世はどうしようもないことであふれているという事実から、逃げさせないから」
そう言うが早いか、東堂は颯爽と消えていった。
リコはミミとの絆を取り戻せることを祈りながら、東堂の帰りを待った。
東堂は、あちこち歩き回り、駆け回り、やっとミミの後ろ姿を見つけた。水色のリボンがちょこんと乗っている小さな頭は、リコの黒髪と同じ色をしていた。
東堂は、ミミの名前をさけぶと同時に、ミミの左腕を強くつかんだ。
「痛い!」ミミは思わず声を上げて振り返ると、東堂をにらんだ。「ちょっと、痛いわよ!」
「お前に腕を撃たれたリコは、もっと痛い思いをしたんだぞ」
東堂に厳しく言われて、一瞬、ミミは言葉に詰まった。しかし、すぐに目をつり上げ、金切り声を上げた。
「それはしょうがなかったの! それはしょうがないの! あいつは、あたしを捨てたんだもん!」
ミミは、次に東堂がすることは、ミミを強く叱責するか、ミミを殴ってリコの肩を持つかのどちらかだろうと予想を立てた。
しかし、ミミのその予想は外れた。
「あのな、ミミ。リコが君を孤児院に入れたのには、ちゃんとわけがあるんだ。そうせざるを得なかったんだ」
東堂の落ち着いた深い声に、ミミは思わず耳を傾けた。
「ミミ。リコはな…」
そして東堂は、リコがなぜミミを孤児院に入れることになったのかを、ひとつひとつ、丁寧に説明した。
〜第6話へ続く〜