こんにちは、あすなろまどかです。
今回は、小説「ジキルハイド」のスピンオフ作品「境リコ」の第4話です。
第1話はコチラ↓
前回の第3話はコチラ↓
第4話 ミミの怒り
「どうだった、ミミ? 母親が今どこに…」
リコがミミに尋ね終える前に、ミミは「話しかけないで」と突っぱねた。突然の冷たい態度にリコは驚き、思わず「どうしたの?」と聞いてしまった。
「話しかけないでって言ってるでしょ!」
ミミの金切り声のあと、リコの左腕に強い痛みが走った。リコは腕をかばい、その場に座り込んだ。
ミミの持った拳銃からは、熱い煙が上がっていた。
「ミミ…なんでこんなこと…」
「やっぱり、」ミミは再び、リコの言葉を遮った。「あんたは裏切り者だったのね」
「え」
「東堂が教えてくれたの。あたしの母親はあんただって」
リコは自分の耳を疑った。
「嘘、どうして…何かの間違いよ!」
「まだ嘘つくつもり? もういいわよ」ミミの目は、氷のように冷たかった。「あんたも所詮はずるい大人。あたしを裏切った人間。あたしを捨てた母親」
リコは何も返せずに、ミミを見つめた。リコの瞳からは、大人になってから初めての涙がつーっと流れた。
「あんた、以前大きな病気にかかったかもしれないと思って、遺伝子検査を受けたことがあるらしいわね。あの男が教えてくれたんだけど、そのときのあんたの遺伝子と、あたしの遺伝子は一致するらしいわ」
リコは、息を呑んだ。
「あたし、確認のためにそのデータを見せてもらったの。そしたらやっぱり…その通りだったわ。あんたが、あたしを捨てた女なのよ」
リコは頭の中で、一生懸命、ミミとの記憶を探した。どうしても、近頃ともに過ごしたミミの顔しか思い浮かばない。赤ん坊のミミを見た記憶がないし、第一あったとしても、当然 今のミミとは姿が全く変わっているので、分かるはずがないのだった。
が、やがてリコは記憶の一片から、十代のある日の夜を思い出した。あの夜、リコは…。それから、子供を産んだのだ。そして、育てきれずに…。
「ああ…」
リコの口から、思わず声が漏れた。頭が上手く回らないが、とにかくミミを孤児院に入れたことは、確かな事実だ。
と、ミミの瞳が、少し潤った。
「ねえ、あんた、子供を産んで、孤児院に入れた覚えがない?」
リコは青くなった。ミミは、東堂が遺伝子検査を間違えたのではないかと、淡く悲しい期待を胸に残していた。が、リコにはどうしても嘘がつけなかった。
「…いいえ、あるわ。…ごめんなさい」
リコの答えを聞いたミミの瞳が、また潤いを失い、冷徹になった。
「そう」
ミミはそれだけ鋭く残すと、その場に座り込んだままのリコを放り、どこか遠くへ行ってしまった。
リコはひとりで言い訳を考えたが、それすら思いつかなかった。ミミに対して本当にひどいことをしてしまったのだと、胸の中で罪悪感が膨らむばかりだった。
ミミは腹を立てながら、リコたちのいる場所からずんずん離れていった。だが、怒りよりも、悲しみの方がずっと大きかった。
リコはあたしを捨てたんだ。リコはあたしが必要じゃなかったんだ。あたしはいらない子供なんだ。
ミミは傷付き、裏切られた悲しみと、必要とされなかった虚しさに嘆いていた。彼女はほんの小さな子供だった。しかし、彼女は普通の小さな子供でいられなかった。そのことを改めて感じとり、彼女は心の中で泣いていた。うまく気持ちがまとまらず、本当に涙を流すことはできなかった。
ミミは小さな足で、一所懸命歩き続けた。
リコは、しばらくすると立ち上がった。いつまでも、こうしているわけにはいかない。
「リコ」
後ろで、東堂の声がした。
「遺伝子検査の結果、すぐに君たちが親子だということは分かったんだが、どうしても言い出せなかった」
リコは、東堂を振り向いた。
「気遣いをありがとう。でも、すぐに言ってくれた方が、もっとありがたかったわ。私とミミは、ここ何ヶ月かの間で、本当の親子のようになったんだもの…ああ、まあ、本当に親子なんだけど…。もしすぐに教えてくれたら、仲良くならないまま別れられたのに」
「そうだね、リコ。ごめん」
東堂は、本当に申し訳なさそうだった。なのでリコにはこれ以上彼を責めることはできなかったし、責める気もなかった。
「いいの。むしろ調べてくれて、ありがとう。本当に助かったのよ」
それから、リコはため息をついて、ミミが消えていった方角を切なそうに見つめた。東堂も、そっとため息をついた。
東堂は言った。
「だがね、リコ。君はもっとちゃんとミミに説明すべきだと思うよ」
〜第5話へ続く〜