こんにちは、あすなろまどかです。

 

 

 今回は、小説「ジキルハイド」のスピンオフ作品「境リコ」の第3話です。

 


 第1話はコチラ↓

 

 

 

 前回の第2話はコチラ↓

 



第3話 スパイの家で

 

 幼いミミは、殺し屋の目になって言った。

「あたしが真っ先に殺したいのは、あたしの実の母親」

 

「母親?」

 

「そ。そいつは、あたしを産んですぐ旦那と別れて、あたしを孤児院に入れやがったの。あたしはいらない子供なのよ。あたしをそんなふうにした奴を、あたしは絶対許さない」

 

 ミミの言葉に、リコは眉を寄せた。

「確かにひどいけど、もしかすると、その人にも何か事情があったかもしれないわよ。それに…」

 

「なに!? あんた、母親の肩を持つの?」突然、ミミは金切り声でリコを責めた。「裏切り者! 信じてたのに!」

 

「ち、違うわよ。落ち着いて!」このままだと殺される、とリコは焦り、あわててミミを肯定する言葉をかけた。「ちょっと意見を言っただけよ。間違いなく、あんたを捨てた母親は悪人だわ。ほんと信じられない」 

 

 ミミは、「ふーん?」と目を細めたが、やがて「…まあいいわ、続けて」とリコに促した。

 

「それに、どうやってそいつを見つけるの? あんた、そいつのこと覚えてるの?」

 

「覚えてるわけないでしょ。産まれてすぐに捨てられたのよ。孤児院のババアに、あたしの生い立ちを聞かされたから知ってるだけよ」

 

「じゃあ、どうするのよ」

 

「だから、大人のあんたに協力してほしいのよ。大人はずるいけど頼りになるわ」

 

 ミミの言葉に、リコは呆れた。

「あのねえ、いくら私が裏社会の大人だからって、少しは情報がないと手も足も出ないわよ」

 

「そうよね…どうしよう」

 

 ふたりは、しばし考え込んだ。やがて、リコが口を開いた。

 

「そうだわ。私の友人に、スパイがいるのよ。彼なら、なんとか探し出してくれるかもしれないわ」

 

 ミミは顔を輝かせて、「本当!?」と尋ねた。リコは微笑んでうなずきながらも、こんなに小さい子供が、憎い人間を殺せるという理由で幸せを感じていることに、深い悲しみとあわれみの情が湧いた。

 

 ふたりは、リコの友人のスパイが住んでいる家へと向かった。スパイの名は、東堂といった。

 

「じゃあ、この子供の母親を探してほしいってわけだね」

 リコが説明すると、東堂は確認のために繰り返した。リコとミミはうなずいた。

 

「その子供の名前は? それを教えてもらって、その子の遺伝子検査をしたら、なんとかして探し出すよ」 

 

「名前はミミ」

 ミミは、自分で答えた。

 

 東堂は、

 

「オーケー、ミミ。そしてリコ。時間はかかるかもしれないけど、まあ待っててよ」

 

 と快く引き受けた。リコとミミは彼にお礼を言い、その家を後にした。

 

 

 

 リコとミミは、何ヶ月かをともに過ごした。さまざまな場所を転々とし、ふたりが殺し屋であることが誰にも知られぬよう注意をはらった。ふたりの友情はその間に深まり、東堂が「ミミの母親が特定できた」とリコに電話で知らせてくれた頃には、ふたりは親子のような、また、相棒のような絆を培っていた。

 

 

 

 リコとミミは、東堂が住んでいる家へと、再び向かった。

 

 リコは、東堂から電話で、ミミをひとりで家に入れるよう指示されていた。理由は分からなかったが、リコは深く考えていなかった。殺し屋のくせに不注意じゃないかと思うかもしれないが、彼は、仲間や信用した相手は絶対に裏切らない男なのだ。

 

「行ってらっしゃい。あなたを捨てた憎い母親を殺しましょう」

 

 リコはそう言って、優しくミミの背中を押した。ミミは振り向くと、微笑んでうなずき、家の中へ消えていった。 

 

 リコは、ミミの復讐が叶えられるときを心待ちに、木にもたれながら家の扉を眺めた。

 

 

 

 やがて、ミミが出てきた。リコは駆け寄りながら、「どうだった、ミミ?母親が今どこに…」と尋ねようとした。

 

 ところが、リコが言い終えるのを待たずに、ミミは冷たく突っぱねた。

 

「話しかけないで」

 

 〜第4話へ続く〜