こんにちは、あすなろまどかです。

 

 

 今回は、小説「ジキルハイド」のスピンオフ作品「境リコ」の第2話です。

 


 前回の第1話はコチラ↓

 

 

 

第2話 ミミ

 

 リコは、自身を「殺し屋」だと名乗る人物に出会った。


「あたし、ミミ。殺し屋よ」


 しかし、その人物は幼い少女だったのだ。


「殺し屋…?」

 リコは、信じられないという思いで繰り返した。



 少女は、七、八歳くらいだろうと思われた。黒いボブ・ヘアに水色のリボンをつけ、白いノースリーブの服と赤い短パンを着ていた。黒い瞳は幼く輝いていた。リコはどうしても、この少女が何人もの人間を殺めてきたとは思えなかったが、少女の慣れたような拳銃の握り方が、その驚くべき事実を物語っていた。




「どうして、殺し屋なんかやってるの?」

 リコは、いちばん疑問に思ったことを、ミミと名乗るその少女に聞いてみた。


「あたしは俗に言う、社会不適合者だからよ。こんな世界に、もう飽き飽きしてんの」


 社会不適合者。今時は、七、八歳の子供でもそんな言葉を使うものなのだろうかと、リコは少し首を傾けた。と、今度はミミが、リコに質問をしてきた。



「あんたこそ、どうして殺し屋なんかやってるの?」


 リコは青ざめた。


「知ってるの?」


「当たり前。あたしを立派な拳銃使いに育ててくれた、ジキル・ハイドさんっていう男の人がいるんだけど、彼、いつもあんたのことを話してるわ。あんたは裏社会では有名人なのよ、結構」 


 リコは少し考えた。


 ジキル・ハイド。裏社会の有名人なので、名前は聞いたことがある。気に入らないことがあれば、すぐに人を殺すという噂があるのだ。その男は会ったこともないのに、自分を知っているのか…。リコは少し恐ろしくなった。



「リコ」

 リコの考えを、ミミの声が遮った。


「な、なに?」


「あんた、あたしのお願い、聞いてくれる?」


 リコは、聞きたくないと思った。なんだか普通の子供じゃないようでおっかないし、先ほどから「あんた」だの「おばさん」だの、生意気にリコを呼ぶので、ミミと関わることにうんざりしていたのだ。



 しかし、普通の子供じゃないからこそ、彼女としっかり向き合わなければ、自身の命が危ないということは分かっていた。下手に断れば、殺されてしまうかもしれないのだ。何しろ、あのジキル・ハイドと深い関わりがあると言うのだから。



 ジキルに育てられたというのは嘘かもしれないが、それでもミミに殺される可能性は充分にあった。だからリコは心の中でため息をつき、うなずいた。


「分かったわ。聞くわよ」


「やった! ありがと、おばさん」


「それで? 一体どんなお願いなのよ」

 リコは、なかばミミの言葉を遮るようにして尋ねた。もうこの生意気な小娘に、年増扱いされるのは我慢ならなかったのだ。



 リコの返事を聞いて、ミミの口からとび出してきた答えに、リコは思わずぎょっとした。


「社会の奴らをみんな抹殺したいの」


 リコは固まって、一瞬、何も言えなくなった。少ししてから、もう一度ミミに尋ねた。


「なんですって?」


「だから、社会の奴らを抹殺したいの。聞こえなかった?」



 リコはこの少女と、それから自分自身が信じられなかった。こんなほんの小さな子供が、社会の人間を殺したい?



「ど、どうしてそんなことしたいのよ」

 リコは、どもりながら尋ねた。


「みんな嫌いだから。特に真面目なフリした大人」


「真面目なフリ?」


「そうよ。…あたしね、二年前まで孤児院で暮らしてたの。そこを、さっき言った男の人が引き取ってくれて、ふたつのことを教えてくれたのよ。拳銃の扱い方と、それから、社会にいる大人の汚さをね」



 答えたミミの大きな瞳は、黒かった。どこまでもどこまでも、黒かった。そしてその果てしない黒にかすかに見える奥には、悲しみと怒りと憎しみが濁って沈んでいた。



「あたし、真面目なフリした大人ってほんとに嫌い。不真面目な大人なんかより、ずっとタチが悪いわ。表ではいかにもいい人そうにニコニコして、裏では人の不幸ばっかり祈ってるに違いないもん」


「ああ、それ分かるわ。あたしも子供の頃、ずっとそう思ってた」


 リコが思わず同調すると、ミミは少し驚いたように、背の高いリコを見上げた。


「ほんと?」


「そうよ。だからあんたの気持ち、よく分かるわ。大人は汚いわよ」


 ミミは嬉しそうに、子供らしく、にっこりと笑った。


「あんた、見かけよりいい人ね。ジキルさんに、ちょっと似てるかも」


 リコとミミは、微笑んで見つめ合った。ともに社会不適合者の殺し屋であるふたりは、大人と子供という壁はあれど、それは薄いものだった。ふたりは互いに、壁を破ろうとしていた。



「そう、それでね、」ミミが、『お願い』している最中だったことを思い出し、続けた。「そういう腹の立つ大人を抹殺したいのよ。あんたに手伝ってほしいの」


「私に?」


「そうよ。ねえ、いいでしょ? あんたも社会にいる汚い大人、嫌いなんでしょ?」


「そりゃ嫌いだけど、私だって大人よ。いいの?」


「リコは裏社会にいる大人でしょ。そういうのは、あたし、嫌いじゃないの」 


「そう。それは私と気が合いそうね」


「どういうこと?」


「私、社会にいるガキは嫌いなの。でも、裏社会にいる子供は嫌いじゃないわ」



 リコとミミは、思わず笑い合った。いかにも仲良さげに笑うふたりは、はたから見ると親子のように見えたかもしれない。



 やがて、リコは真面目な顔になった。殺し屋の目に、なっていた。


「殺しは大歓迎だけど、まずは誰を殺すの? それとも、そのへんにいる奴らから適当に殺す?」


 ミミは、ううん、と首を振った。幼い彼女もまた、殺し屋の目になっている。


「あたしが真っ先に殺したいのは、あたしの実の母親」

 

 〜第3話へ続く〜