こんにちは、あすなろまどかです。

 


 今回は、読み切り小説「メルヘルス王国」を投稿します。

 

 私にしては珍しく、明るい小説です笑

 

 

 

 ※本作は、コンクールに応募しようと思っている小説「トーム国」の大元となった物語です。大元なので、少し(というか、だいぶ)急展開です。ご了承ください。

 

 もう少し改善できるところがあったら、改善します。

 

 

 

○主な登場人物

 

・宮村 健二…この物語の主人公。祖父と父に憧れている

 

・アンダリ=アンドリュース…健二と協力して、あることを行う男性。健二の父、健一の友人

 

 

 

 それでは、本編に入ります……。

 

 

 

 すべては、『メルヘルス王国』というひとつの国から始まりました。

 

 

 

〇あらすじ

 

 1965年、歴史が変わりました。


 10歳の少年・東城 英治が、たった一人で『メルヘルス王国』という国を築き上げたのです。


 その国づくりの裏には、一人の友とのきずながありました。


 彼らの功績があり、世界には『国職人』という新たな職業が生まれることになったのです。

 彼らは伝説の国職人として、何十年も人々の間で語り継がれていくこととなります。

 


 時は流れ、2030年。英治の孫である祐樹もまた、国職人を目指していました。


 祐樹も、祖父の才能を受け継いだ、天才国職人です。


 しかし、どんなに国をつくり、どんなに人々に賞賛されても、祐樹はどこか満たされないような不快感を覚えます。


 その不快感の正体を暴くため、そして、本当に素晴らしい国をつくるために、祐樹は、かつての英治の友人である池田 洋一郎という男性と、協力して国づくりに励むことになります。

 


 この本は、そんな二人の天才のそれぞれの苦悩を、もれなく書き表したライフ・ヒストリーです。

 

 

〇もくじ

 

第一話 英治とイチ

 

第二話 祐樹と洋一郎

 

 

第一話 英治とイチ

 

 むかーしむかし、あるところに、東城 英治という男の子がいました。


 すべては、彼から始まりました。どういうことか、これから始まる三つの物語を読んでいただければ、きっと分かります。

 


「教科書三十六ページを開きなさい。池田、問い二を解け。」


 池田 洋一郎は、はい、と返事をして、黒板に向かって歩き始めました。

 それから先生は、窓の外をぼうっと眺めている東城 英治を見て、鋭い声で彼の名を呼びました。


「東城っ。聞いているのかっ。」


 クラスのみんながくすくすと笑いだしても、英治は気付きません。空を飛ぶツバメを見ています。


 とうとう先生は英治に近付き、その頭をげんこつで殴りました。英治は「いてっ」と頭を押さえました。


「東城!」

「は、はい。」

「俺が、今、言ったことを言ってみろ。」

「俺が、今、言ったことを言ってみろ。」


 教室がどっと揺れるほど、笑い声が響きました。先生はかんかんに怒ってしまい、「もういい! 帰れ!」と怒鳴りました。


「えっ、また、僕だけ早く帰っていいんですか。」

「ああ、もういい。早く出ていけ!」


 英治は、やったあ、とガッツポーズをすると、颯爽と教室を出てゆきました。


 ずっとまじめに計算していた洋一郎は、悲しそうな顔で教室を見渡しました。こんなに一生懸命、計算して答えを出したのに、誰も洋一郎のことを見ていません。


 洋一郎は、黒板に書かれた自分の几帳面な字を眺めました。それから、なんにも言わずに、静かにチョークを置いて、自分の席に戻っていきました。

 


 次の日、洋一郎が学校への行き道を一人で歩いていると、後ろから声をかけられました。


「おうい、洋一郎!」


 洋一郎は、少し驚いて振り向きました。英治が、自分に向かって駆けてくるところでした。


「東城くん。」

「もう、英治だって言ってるだろ。」

「ご、ごめん。」


 英治は、にかっと笑って、「一緒に行こうぜ。」と言いました。洋一郎は、うん、とうなずいて英治と歩き始めながらも、英治に対して不信感を抱いていました。


 どうして、東城くんは僕にかまうのだろう。色んな人に注目されて、ちやほやされているから、今さら僕と馴れ合う必要なんてないだろうに。


 そんなことを考えて、ぼうっとしていると、英治が洋一郎の背中をたたいてきました。


「洋一郎ってば!」


 洋一郎は、「うわあ」と声を上げて、まんまるな目で英治を見ました。英治は、顔をしかめました。


「オイ、大丈夫か? ぼうっとしてたぞ。」

「あ、ああ。ごめん。」


 すると、英治はすぐに幼い子供のような顔に戻りました。


「それでさ、今、言ってたことなんだけど。二人で国をつくらないか?」


 洋一郎は、文字どおり、自分の耳を疑いました。


「なんだって?」

「だから、二人で国をつくらないか、って。」


「国? 国って、あの国?」

「あの国以外に何があるんだよ。自分たちでつくって、そこに住もうぜ。」


 洋一郎は、なかば呆れて、そしてなかば感心して、英治を見ました。ほんとうに、おかしなことばかりする奴だな。

 


 さて、誘われたり、頼まれたりすると断れない池田洋一郎は、英治とともに国をつくることになりました。休日、二人で船に乗り、太平洋へと向かいました。太平洋へ行こうと提案したのも、当然ながらといえましょうか、英治でした。


「さ、つくろうぜ。」

 洋一郎は呆れて、「あのね。」と言いました。

「まるで粘土の家をつくるみたいな勢いで言うけどね、国をつくるのって大変なんだよ。」


「それが、大変じゃないんだな。」洋一郎の言葉に、なかばかぶせるようにして、英治は言いました。「僕がつくったこれを使えば。」


 英治が取り出したのは、おかしな道具二つでした。一つは、ボタンとダイヤルが付いているピンクのリモコン、もう一つは、シャベルよりもう少し大きくて頑丈そうなものでした。洋一郎はそれらをのぞき込んで、「なに、これ?」と尋ねました。


「よくぞ聞いてくれた、イチよ。これは僕が発明した、マクロとジャークさ。」


 洋一郎は、英治の答えに二度、驚きました。


「イチって、なに? それから、君の発明だって?」


「イチはお前のあだ名さ。僕が今、決めた。今日からお前はイチだからな!

 発明は、発明だよ。僕がつくったんだ。」


 洋一郎、いえ、イチは、ものすごいことをべらべらと話しまくる英治に、ついていくことができませんでした。


「マクロとジャークは、国をつくるために、つくったんだ。まず、このボタンとダイヤルが付いているリモコンが、マクロだ。このマクロで自分が欲しい硬さの土やコンクリートをつくる。次に、ジャークでそれらを固めて土地をつくる。国の基本的なところは、この二つだけでできるはずだ。」


 突然、賢くなったような英治に、イチはあぜんとしてマクロとジャークを見つめました。こんなもので、ほんとうに国がつくれるのか?


 そして、二人でマクロとジャークを使ってみたところ、ほんとうに土地がつくれました。イチがぽかんと口を開けて、二つの土地を眺めている間に、英治はもう、一つの土地の真ん中に宮殿をつくり始めていました。


 やがて、二時間もしないうちに、宮殿は完成しました。英治は汗を拭いて、満足そうにそれを見上げ、


「この国を、メルヘルス王国と命名しよう。」


 と言いました。


 メルヘルス王国を見ていると、イチは、なぜだか消えたくなってしまいました。


 次の瞬間、イチの胸がかあっと熱くなりました。まるで、胸に溶かした金属を流し込まれたようです。イチは、生まれて初めて、自ら進んで何かをしたい、学校の勉強以外のことをしてみたい、と思いました。

 


 それからのイチは、ひたすら努力の日々を過ごしました。来る日も来る日も、宮殿や家をつくり続けます。学校で一生懸命に勉強した数学の知識を使って、緻密な設計図を書いていきます。しかし、イチが描きかけの設計図の前でうなっている間に、英治は新しい国や宮殿を、二つも三つもつくっていきました。イチは、どんどんと築き上げられていく王国を、一枚の設計図を手に持って、ぼうぜんと眺めていました。

 


 ある日、メルヘルス王国で遊んでいた英治が、設計図を描いているイチの元へやってきました。


「よう、イチ。」

「話しかけないで、英治。今、忙しいから。」


 イチは、英治の方を見ずに答えました。英治は少し驚いて、イチを見ました。イチは、一生懸命、たくさんの線を引いています。


 英治は、賢い男の子でした。「分かったよ。」と言うと、あとは黙って、イチが描いていく設計図を見ていました。


 と、イチの線がずれました。そのとたん、イチは設計図をぐしゃぐしゃにして、英治に投げつけました。


「嫌だ! 英治はずるい!」


 イチの突然の行動と言葉に、英治は言葉を失いました。


「どうして、遊んでるのに国がつくれちゃうの? どうして、努力してないのにすごいことができちゃうの? ずるいよ!」


 英治は、なんと返せばいいか分かりませんでした。とにかくなんとかしようと、一所懸命、口を開きました。


「僕はすごくなんかないよ、イチ。」


「嘘だ。英治はすごいもん!」


「すごくなんかないってば。さっき、イチも言ってたろ? 僕は遊んでばっかりで、なんの努力もしない奴だって。その通りなんだよ。努力してるイチの方が、ずっとえらいよ。」


 イチは、真っ赤な顔でうつむきました。


「英治が言うと、嫌味にしか聞こえない。」


 そのとたん、英治の頭にかあっと血がのぼりました。


「なんだよ! じゃあ、どうしろって言うんだよ。僕だって、なんでメルヘルスをつくれたのか分かんないんだよ。ただ、自分の情熱に従っただけだ。それなのに、こんなに怒られるなんて、わけが分からないよ!」


 イチは、はっとしました。そうだ、自分が国をつくれないのは、英治のせいじゃない…。

 頭ではそう分かったのですが、イチは素直に謝ることができませんでした。 


「うるさい。英治なんか、もうどっか行っちゃえ!」

「ああ、行ってやる。こんなとこ、今すぐ出ていってやる!」


 それから、英治はうつむいてため息をつくと、

「こんなことになるなら、メルヘルスなんかつくらなきゃ良かった。」

 と言い残して、静かに去っていきました。

 


 英治がいなくなってから、イチは怒りと罪悪感で胸がいっぱいでした。


 どうして、あんなことを言ってしまったんだろう。どうして、自分は英治みたいにすごい国がつくれないんだろう。どうして、自分は何もできないんだろう。


 イチの目に、大きな涙が浮かんでこぼれました。


 イチは、英治が築き上げたメルヘルス王国の土地にひざまずき、いつまでも泣き続けました。

 


 泣き続けて、イチはいつのまにか眠ってしまいました。目が覚めると、朝になっていました。

 イチが体を起こすと、彼の顔を真上からのぞき込んでいる少年がいました。英治でした。


「おっ。やっと起きたか。」


 イチは「うわあ」とさけんで、急いで体を起こしました。あまりに急いだために、英治とおでこをぶつけてしまいました。


「いててて…。」


 一緒におでこを押さえて、痛みにもだえます。ふいに、そんな英治とイチの目が合いました。


 謝らなきゃ、と思う前に、二人とも吹き出してしまいました。メルヘルス王国に、二人の少年の明るい笑い声が響きました。


 笑いがやむと、今度は静けさがやってきました。英治もイチも、なんだかやけに恥ずかしくなってしまい、今すぐこの場から逃げ出したくなってしまいました。


 しかし、これ以上、逃げてもいられません。英治もイチも口を開きましたが、声を出せたのは英治の方だけでした。


「昨日は、ごめん。」


 それから少しして、イチもなんとか、こう言いました。


「ううん。僕もごめん。」


 次の瞬間、イチは、うーっとうめきました。


「どうしたの? イチ。大丈夫?」

「大丈夫だよ、英治。でも…でも、やっぱり、英治はずるいなあ。僕から謝ろうと思ってたのに、それさえ奪っちゃうんだもん。」


 英治は、「あっ」と言って口を押さえました。


「ごめん。」

「あっ、また謝ったー。」

「あっ。」


 こうなると、もうどうしようもなくおかしくなり、少年らは狂ったように笑い転げました。

 


 少年らが仲直りできた理由は、とてもはっきりしています。

 それは、少年らが、英治の築いたメルヘルス王国にいたからです。


 どういう意味なのか、ほんとうの友情が分かる人なら、すぐに分かるはずです。

 

 

 

第二話 祐樹と洋一郎

 

 むかーしむかし、あるところに、宮村健太郎という男の子がいました。健太郎は勉強が嫌いでした。

 

 ある日、健太郎は学校を抜け出して、船乗り場へ行きました。こっそり船に乗り込み、停まったところで、健太郎は適当に降りました。そこは、ロシアでした。

 

 勉強と学校をさぼるために、健太郎はロシアで過ごすことにしました。ところが、まだ小学生の健太郎は、英語もロシア語も分かりません。誰にも「家に泊めて」と伝えられない健太郎は、自分でおうちを建てることにしました。 

 

 普通の小学生なら、1人でおうちなどとても建てられないでしょう。しかし幸いなことに、健太郎は世紀の大天才でした。健太郎は一晩で、大きくて立派なおうちを建ててしまいました。

 

 それだけではありません。暇を持て余した健太郎は、ボートをつくり、太平洋に漕ぎ出しました。そして、なんと太平洋に、大きくて素晴らしくて立派な国をつくってしまったのです!

 

 

 

「違うよ、パパ!」

 

 4歳の息子・健二が、父・健一の話に口を挟んだ。

 

「『どんな偉い王様でも見たことがない、大きくて素晴らしくて立派な国をつくってしまったのです!』が正しいんだよ!」

 

 健一は笑いながら、ベッドに座っている息子を抱き上げた。

 

「そうだったな、健二。今ではもう、すっかりお前の方が、お話をよく覚えているな。」

 

「当たり前だよ、パパ。こんな素晴らしいお話なんだもん、一文字だって忘れてないよ!」

 

「そうか、そうか。」健一は、嬉しそうに笑った。「それじゃ、このあとも分かるか。」

 

 むろん、健一は、健二がこの話の続きをすっかり覚えていることを、分かっているのだ。

 

「分かるよ!」

 健二は元気に答え、すらすらと話し始めた。

 

「国をつくるという隠れた才能を持っていた健太郎は、多くの国の多くの人をたいそう驚かせました。健太郎は、つくった国に「メルヘルス王国」という名前をつけました。メルヘルス王国には、様々な人種の人々が、次々に引っ越してきました。人口約290万人にものぼったメルヘルス王国でしたが、完成から何年経っても、多くの人々が住もうとも、1度も壊れたりしませんでした。

 

 こうして、日本の小学生の男の子、宮村健太郎がつくり上げたメルヘルス王国は、伝説として、今日(こんにち)まで何十年も語り継がれることとなったのでした。おしまい。」

 

 健二が話し終えると、健一は少年のように、うっとりとため息をついた。

 

「ああ、健二。パパには、自慢できることが2つもあるよ。1つは、メルヘルス王国のお話をすっかり覚えている息子がいること。そしてもう1つは、メルヘルス王国をつくり上げた伝説の男の子が、紛れもない、自分の父さんってことだ。」

 

「もう1つあるでしょ、パパ。」

 

「自慢できることがかい?」

 

「そうだよ。パパは、グリーン共和国をつくったでしょ?パパも伝説の男の子だよ!」

 

 健一は、心から嬉しそうにしながらも、少しこまったような笑顔を健二に見せた。

 

「でもね、健二。前も話したと思うけど、グリーン共和国はパパが1人でつくったわけじゃないんだ。お友だちに、ずいぶん手伝ってもらったんだよ。僕の父さんは、たった1人でメルヘルス王国をつくり上げた。父さんには、とてもかなわないよ。」

 

「それでも凄いよ!素敵な国をつくったんだもん!」

 

 無邪気な笑顔を見せる健二に、健一の笑顔も心からのものに変わった。

 

「ああ、おじいちゃんもパパも、本当にかっこいいなあ。パパ、僕もいつか絶対、素敵な国をつくってみせるからね!」

 

「嬉しいなあ。そのときまで生きてるといいけどなあ。」

 

「大丈夫だよ、パパ。だって、完成までいくらもかからないよ。」

 

 健二の幼い瞳に、野望と希望がきらりと光った。

 

「見ててね、パパ。僕もおじいちゃんやパパみたいに、素晴らしい国をつくってみせるよ。」 

 

 

 

 健二は約束を守った。「素敵な国」をつくるのに、いくらも時間はかからなかった。

 

 健二は祖父の健太郎と同じ、真の天才だった。14歳になった健二は、中学生で「ビリー王国」という大国をつくったのだ。健二は史上最年少の国をつくる職人…すなわち『国職人』として、一躍 有名人となった。

 

 しかし、原因不明の気持ち悪さが健二を襲った。これ以上ないほどに素晴らしい国で、人々からも賞賛を受けたというのに、まったく納得できなかったのだ。

 

 ビリー王国を改善するため、健二はプロの国職人に弟子入りすることにした。

 

 その国職人の名は、アンダリ=アンドリュースといった。彼は、かつて「ジーンズ共和国」という国をつくった男だ。健太郎がつくったメルヘルス王国、そして健一がつくったグリーン共和国と並び、ジーンズ共和国は伝説の国とされてきた。

 

 健二はアンダリの指導、アドバイス、時には厳しい叱責も受け、ビリー王国の改善に向けて努力を重ねていった。

 

 国づくり用の道具であるマクロとジャークをアンダリから譲り受け、長年の熟練が染み込んでいるそれを駆使して、天才・健二は多くの国をつくり始めた。試作としていくつか国をつくり、それらの良い要素を絞り出して、ビリー王国に取り入れるためだ。

 

 健二は、アンダリとともに多くの国をつくったが、どの国も納得できなかった。形が違う、土が良くない、日当たりが悪い…100も国をつくって、満足のいく国はひとつもできなかった。

 

「もう嫌だ!2度と国なんかつくるもんか!」

 健二は、机の上のマクロもジャークも投げ飛ばして、悔しさに泣きさけんだ。

 

 健二の後ろで、ギイ、という扉が開く音がした。

 

「健二。」

 アンダリは、穏やかだが冷たい声を健二にかけた。

 

「今は話しかけないでください、アンダリさん。」健二は、アンダリに背を向けたまま答えた。健二の声と肩は、震えていた。「冷静に聞けないんです。」

 

 アンダリは目を閉じて、「分かった。」と答えた。

 

「だが、後でどうしても聞きたいことがある。冷静になったら、庭へ来てくれ。コーヒーでも飲みながら、ゆっくり話をしよう。」

 

 それだけ言い残すと、健二の返事を待たずに、アンダリは出ていった。

 

 健二はそっとため息をつき、しばらくぼうっとしていた。肩の震えがおさまった頃、健二はかがみ込み、ゆっくりと、マクロとジャークを拾い上げて机上に置いた。

 

 少し考えてから、健二は窓辺まで歩き、カーテンを引いた。真っ暗だった部屋に突然日の光が差し込み、健二の目にしみた。

 

 健二は、久しぶりに空を見た。白い雲がかかった、青い空だった。いつも通りの朝のはずなのに、健二は初めて空を見たような気がした。

 

 ふと、アンダリの言葉を思い出した健二は、ドアまで歩いて、ゆっくりとノブをひねってみた。その瞬間、一気に風が入り込み、健二の髪を揺らした。爽やかで新鮮な空気に包まれ、健二は自分が生まれ変わるような気持ちだった。

 

 庭へ歩いてゆくと、アンダリは木の丸太に腰かけ、ホット・コーヒーを飲んでいた。健二を見るなり、アンダリはいつもの気さくな調子で「やあ。」と手を挙げた。健二は、何だか泣きたくなった。

 

「アンダリさん。あの、僕、さっき、その…。」

 

「健二。」アンダリは、健二の言葉を優しく遮った。温かい声だった。「こっちにおいで。」

 

 健二は一瞬とまどったが、アンダリの柔らかいまなざしに、ゆっくりと歩を進めた。そして、アンダリの前の木の丸太に、ゆっくりと腰かけた。

 

「はい。」

 

 アンダリは、健二に白いマグ・カップを渡した。健二がお礼を言ってカップをのぞき込むと、ゆらゆらと湯気を立てるコーヒーの中に、白いミニ・マシュマロがいくつか浮かんでいた。健二は幼い子供のように目を輝かせ、「僕、マシュマロ大好きなんです。」と言った。

 

「それは良かった。実を言うと、入れてから不安になりだしてね。」

 

 アンダリは笑った。健二も笑った。

 

「さて、健二。」アンダリは息を吸い込んで座り直すと、少し真面目な顔になった。「『どうしても聞きたいこと』を、聞いてもいいかな?」

 

「はい。」

 健二も息を吸い込んで、座り直した。

 

「さっきはどうして、あんなに取り乱してたんだい。」

 こう尋ねると、健二はうつむいてしまった。

 

 少しして、健二は「それは」と言い、アンダリは「あのね」と言った。まったくの同時だったが、アンダリは微笑んで「いいよ。」と譲った。

 

「あの…それは、ほんとうに情けない理由なんですけど、悔しくなったんです。僕はおじいちゃんのようなパイオニアにも、父さんのような伝説にもなれない。どんなに国をつくっても、後から産まれてきた僕は、絶対に父さんたちみたいになれないんです。アンダリさんみたいにもなれない、なににもなれない。どんなに努力したって、絶対なれっこないんです。」

 

 健二は、また少し興奮していた。そのことに自分で気付いた健二は、小さく「すみません。」と謝った。アンダリは優しく、「うん。」と言った。

 

 アンダリは気持ち良さそうに目を閉じ、開くと、うつむいている健二に声をかけた。

 

「あのね、健二。もうひとつ質問があるんだ。」

 

 健二は顔を上げた。

 

「健二は、パイオニアや伝説になりたいの?」

 健二はとまどって、アンダリを見つめた。

 

「確か…僕が覚えてる限りでは、健二は国職人を目指してたはずだけど。」

 アンダリの言葉に、健二の目は大きく見開かれていった。

 

「それとも、夢が変わったのかい。」

 

 突如、走馬灯のように、健二の脳裏に昔がよみがえってきた。

 

 国職人になりたいと、両親に告白したとき。祖父や父とともに、国づくりに励んだ日々。これまでつくり上げてきた、数々の国々。

 

 健二の瞳からは、綺麗な涙がこぼれていた。そのうちの数粒が、マシュマロ入りのコーヒーに溶けていった。

 

「ほらほら、せっかくの甘いコーヒーが塩っからくなっちまうぞ。」

 

 アンダリの言葉に、健二は泣きながら、思わず笑った。アンダリも笑った。 

 

 涙の影から、健二はそっとアンダリを見た。アンダリも、健二を見つめ返した。

 

「ありがとう、アンダリさん。」

 

 

「いいってことよ。」

 

 

 

 こうして健二は、他の何者でもない、国職人になったのだった。天才の孫である天才の、苦悩と希望が詰まったビリー王国は、メルヘルス王国の隣にある。

 

 〜The End〜