こんにちは、あすなろまどかです。

 

 前回お知らせした通り、今回から、小説「クリムルーレの花」の連載を始めます。

 第1章に入る前に、まずはプロローグです。

 

〜プロローグ〜

 

「人と同じことをしたくないの。」

 

 少女はわがままを言った。

 

「『人と同じことをしたくない』という人たちと同じになることも、ほんとうは嫌なんだけど。まあ、つまり、全てが嫌なわけ。

 

 だから、究極的に言ってしまえば、生きたくもないし、死にたくもないわ。生きていれば、他の生きている人間と同じことをしていることになるし、死んでしまえば、他の死んでいった人間と同じことをすることになるもの。」

 

 

 

 

 

「お願い!私を狂人に戻して!

 戻りたい、戻りたい!何もかもが狂っていた三年前に戻りたいわ!」

 

 また、少女は叫んだ。

 どうしようもない思いを、何とか言葉にして。

 

 

「狂っていた私は、すごくすごく尖ってて、色んな人から恐れられてたのよ!特別な存在だったの!

 

 それに、私は自分が狂っていて、尖っていたことにも気付かなかった!気付かないほど狂っていたの!素晴らしいでしょう!」

 

「本物の狂人は、自分が狂っていると気付かないほど、狂っている人間だわ。」

 

 少女は、ケタケタと笑った。少女の綺麗な海色の瞳に映り込む暗い影を、少年はそのとき、初めて恐れた。

 

 

 

「自分が狂っていないと気付いて涙が出るということは、私は自分が狂っていないことに対して、それほど大きな悲しみを感じてないのよ。つまり、私はもう狂人ではないということよ!

 

 私は結局、量産型の人間。他のまともな人間と同じ。もう、異常な私はこの世のどこにもいないのよ!そのことが悲しくて仕方ないの!」

 

 少年は、少女を異常だと感じた。

 少年は、少女が狂っていると感じた。

 少年は、少女が恐ろしくて仕方がなかった。

 

 しかし少年は、それ以上に少女を愛していた。

 

 だから少年は、静かに告げた。

 

「君は、狂人だよ。」

 

 少女は、少し驚いたような顔をした。

 

 

 

 少年は、愛する少女に向けて、まごころを込めた愛を言葉にした。

 

「君は何ひとつ変わっていない。君は生まれたときから狂っていて、生きてきたこれまでの人生の中でも、ずっと狂っている。君はこれからも永久に狂っているし、死ぬ寸前だって立派な狂人だよ。間違いない。」 

 

「君の狂っているところを、無理やり治そうとしてごめんね。狂人であることが、君のほんとうの幸福なんだよね。なら、二度とその邪魔はしない。ほんとうにごめんね。」

 

 

 だから少女は、満たされたのだった。

 

「馬鹿ね。」

 

 だから少女は愛を知り、人を愛したのだった。