こんにちは、あすなろまどかです。

 

 

 「ジキルハイド」の第8話を書きます。一応、これが最終話の予定です。

 

 また「ジキルハイド」のネタを思いついたら、「ジキルハイド2」として連載します。

 

 前回の第7話はコチラです。↓

 
第8話 セーラー服よ、さようなら
 
「学校、やめようと思ってるんです」

 夕暮れ迫る進路指導部屋で、栄子は打ち明けた。ジキルは下を向き、タバコに火をつけた。


「それで?」ジキルはゆっくりと尋ねる。「それで、どうしたいの」


「だから、学校をやめたくて…」

「その先だよ」ジキルは、栄子の言葉をさえぎった。「やめて、どうしたいの」


 栄子は口を開いて、閉じた。栄子の顔が赤くなった。栄子はもう1度、口を開いた。

「ジキルさんと住みたいです」

 



 ジキルと栄子が出逢ったのは、今から約半年前のことである。気まぐれなジキルは、教師の仕事をしてみたいと思い立ち、教員試験を受けたのだ。彼は見事、採用された。


 日本の高校の国語教師となったジキルは、そこで栄子に出逢った。栄子は、最初からジキルに好意を持っていた。栄子からジキルに告白し、2人の交際は始まった。

 



「なんで、俺を好きになったんだ?」

 その日の学校からの帰り道、ジキルは栄子に聞いてみた。


「あなたは、普通の先生じゃないからです」

 栄子はすぐに答えた。


 ジキルは自転車を押して歩いていた。ジキルは、自分の隣をパタパタと歩く栄子に目をやった。夕日に照らされた栄子の横顔が、若さでキラキラと輝いている。おさげのみつあみが肩にかかっている。ジキルの自転車がカラカラと音を立てた。


「そうか」

 長い間(ま)を置いて、ジキルはぽつんとうなずいた。ジキルが立ち止まると、栄子も止まった。栄子はジキルにキスを落とした。

 



 それから2週間も経たずに、栄子はジキルとともに学校をやめた。熱心な学生である栄子がやめたことに、教師も友人も両親も、みんなが驚いた。


 学校をやめてからの栄子は、ジキルとジョウが住む家で、ジキルと性交して過ごした。することといえば、それだけだった。ジョウは、ジキルにも栄子にも、何も言わなかった。


「あたしね、なんであんな高校に入学したのか分かんない」ある日の性交ののち、栄子は細い声で打ち明けた。「嫌いよ。みんな嫌い。学校の人間は、先生以外みんな嫌いよ」


「俺はもう、先生じゃないんだぜ」ジキルは栄子のあごを持ち上げ、彼女の敏感な場所に触れた。栄子が、あ、と声を漏らす。「お前の男だ」

 



「色々、ありがとうございました」


 ある日の朝、栄子はジキルに頭を下げた。それは栄子が妊娠した、次の日のことだった。

 ジキルは黙って立っていた。


「せ…ジキルさん、あたし、あなたと暮らせて幸せでした」


「じゃあ、なぜ行くんだ」


 ジキルは口を開いた。栄子はジキルを見つめた。ジキルも栄子を見つめた。が、何だか栄子を見ていられなくなって、すぐに下を向いた。タバコはつけなかった。


 栄子は口を開いて、閉じた。栄子の顔が赤くなった。栄子はもう1度、口を開いた。


「だって」


 栄子の声が震えて、かすれた。

 栄子はそっと息をついて、言い直した。


「だって、せ…ジキルさんは、あたしを好きでないんですもの」


 ジキルは顔を上げた。黒いワンピースに身を包んだ栄子の、おなかの下が膨れていた。

 朝日に照らされた栄子の顔が、若さでキラキラと輝いている。下ろした髪が肩にかかっている。


 ジキルが栄子を見つめてぼうっとしている間に、栄子は心の支度ができたようだ。栄子はジキルにキスしかけたが、やめた。代わりに、こう言った。


「さようなら、ジ…」

 栄子は微笑んだ。

「先生」


 そして栄子は去っていった。ジキルは何も言えず、ただ栄子の小さな背中を見つめていた。

 ジキルはさびしい唇に、タバコを1本挟んだ。火をつける気には、なれなかった。

 
 (完)